「久しぶり、だね」

「……うん」

芹沢くんの返答までの間で、自分たちがこういう言葉を交わすような距離感でなかったことを思い出した。

こちらが勝手に気にしているだけで、芹沢くんは私の名前すら知らないんだ。


だめだ、正しい距離感がわからない。もうこうなったら開き直るしかないと思った。

「ここには結構くるの?」

なにを慎重になっている、仲よくなりたい人にはぐいぐい行くタイプだろうと自分に言い聞かせ、目の前にいる芹沢くんに尋ねてみた。

「うるさいの嫌いだから」

芹沢くんは少し笑ってそう答えると、私の右隣に来た。私と同じように壁に寄り掛かり、足元を眺める。

なんだかこうして隣にいると、本当の友達になった気分が味わえる。

「あのさ」

少し流れた沈黙を、芹沢くんの声が破った。

「ん?」

「名前、なんて言うの?」

「……えっ?」

空耳かと思った。だけど違う。隣にいる芹沢くんは、確かに今、私を見ている。

午前中に感じたあの退屈は本物だし、今日の出来事が全て夢だということはない。派手にガッツポーズをしたい気持ちを抑え、口を開いた。

「かさはら あい。かさはらは、竹冠に立つっていう字に、原っぱの原。あい は、愛情の愛」

忘れられたくなかったので、あえて漢字も伝えた。そうしたら、芹沢くんは少し驚いた顔をして、その後小さく苦笑した。