手を洗い、部屋着になった中学のジャージに着替えると、すぐにリビングへ戻った。唯一鞄から出した、携帯と共に。使うわけではなくても、なんとなく携帯は常に持っている。
ダイニングテーブルに顎をのせ、目の前に置いた携帯についているストラップを眺めた。
嫌でも嗅ぎ取ってしまう美味しそうな匂いと闘いながら、今日もだと思った。匂いの正体はわかっているのに、なかなかそれには出会えない。
「……お母さーん、まだあ?」
お腹空いたあ、とキッチンへ伝えれば、「今日はお父さんの帰り早いから」と返ってきた。
「うう……」
お父さんの帰りが早い日は、家族全員で夕飯を食べる。お母さんが「お父さんの帰りが早い」と言った日に限り、私はお父さんの帰りが最高に楽しみになる。
しかしそれは、お父さんに会いたいからなんていうかわいらしい理由からではなく、ただ夕飯が食べられるからというだけだ。私はそういう、かわいくない娘なのだ。
しばらく携帯のストラップをいじっていると、玄関から聞こえるガチャガチャという音がお父さんの帰りを知らせた。
その音が止むと、「ただいまでーす」とふざけたお父さんの声が聞こえてきた。
キッチンにいるお母さんが玄関へ行く様子はなく、私は小さくため息をついて椅子から立ち上がった。仕方なく出迎えてあげると、お父さんは嬉しそうに笑った。
「おかえり」
「ただいま」
頭に伸びてきたお父さんの手をかわし、いいじゃないかと口を尖らせるお父さんを無視する。いいわけあるか、冗談じゃないと心で吐き捨てると、お腹が空いたから早くしてくれとだけ伝え、私はすぐにリビングへ戻った。
私は空腹に弱い。今すぐにでも夕飯にしたい。



