家に着き自転車を定位置に置くと、自転車の走行で冷えた両手をこすり合わせながら玄関前に立った。鞄から鍵を出すと、当たり前のように鍵穴へ突っ込む。
しかし、その鍵はいつものようには回らなかった。回す向きを間違えているわけでもない。
鍵を抜き恐る恐るドアを引くと、それは当然のように開いた。はっとため息と苦笑の間くらいの息を吐く。
手首の時計を見れば、鍵が開いていた理由はすぐにわかった。
針がさしていたのは6時半過ぎ。私の帰りが遅いと、お母さんは「危ないから」と言って鍵を開けておいてくれる。
お母さんの方こそ危ないからちゃんと閉めておいて欲しいというのが私の本音だけど、お母さんは全然聞いてくれない。
「私は大丈夫だからちゃんと閉めておいてよ」
家の中に入る前に、改めて独り言を漏らした。
玄関へ入ると、美味しそうな匂いが普段は鈍感な鼻を刺激した。
その匂いになんとか気づかないふりをして靴を脱いでいると、リビングからお母さんが出てきた。
「愛、おかえり。遅かったね」
「ごめん。美咲ちゃんと遊んでた」
「そっ」
あまり仕事の邪魔しないでよと言い残すと、お母さんは再びリビングへ消えていった。それから少しすると、小さく自分のお腹が鳴った。うまそうな匂いを放ちやがってと念を送りながら、扉が開いたままのリビングを睨んだ。
一度 美味しい匂いに気づいた鼻は、なかなか普段のような鈍感ぶりは発揮してくれない。間違いない、今日の夕飯はカレーだ。
パスタやカレーライス、オムライスなどの、基本1つの皿で済むものは私の大好物だ。
座る前に全て終わらせてしまおうと、私は鞄と共に階段を上った。



