芹沢くん今日は廊下にいないのかな、と思いながら歩いていると、紺色のスーツとぶつかりそうになった。

「あっ、すみ……ああ、小嶋ね」

「お前、……いや確かに小嶋だけれども」

「間違っちゃいないじゃん。じゃ、失礼しまっすう」

舐めていることを隠さないままに言い、紺色の壁を避けようと右側へ動いた。すると気が合うのか合わないのか、その壁も同じ方へ動いた。

「あれっ……いやっ、ちょっ……」

どちらへ逃げようとしても、壁は私を逃がしてくれない。

「……同じように動くな」

「ははっ……気が合うんですかね、私たち」

同じように動くなとかこっちの台詞だしと思いながらも、口角だけは上げて返した。

小嶋が一度立ち止まり、呆れたようにため息をついたところで、「あっち向いてほいっ」と、左側――窓の方を指さした。

こいつは素直だ。まんまと窓の方を向いていやがる。

私を見下ろす小嶋の顔に苛立ちの色が伺えたところで、私はさっさと避難する。私に逃げられた小嶋は、ため息ついてどこかへ向かった。

ほっと安堵の息をつくと、微かに口角を上げた芹沢くんと目が合った。

「……芹沢くん」

見ていた、だろうか。先ほどの、私のおばかな行動を。


「……面白いね。あんた」

少し鼻にかかった独特な小さい声が、目の前の芹沢くんから発された。

「あっ、それは、……どうも」

少し迷ったけど、やはり褒め言葉として受け取った。軽くお辞儀をする。

視線を戻す頃には、芹沢くんの表情はさらに笑顔へ近づいていた。

「じゃあ……また」

「うん、また」

挨拶を交わすと、芹沢くんは私とは反対の方へ歩いていった。

彼の後ろ姿を見つめながら、すごくないかと思った。友達になりたいと思っていた人と話をしてしまったのだ。

それも、入学早々 女子全員の黄色い声を浴びた“大沢コンビ”の長身の方、芹沢くんだ。

飛び跳ねたいくらいの気持ちになりながら芹沢くんの後ろ姿を見送り、声は出さずに思い切りガッツポーズをした。これは本当に友達になれるかもしれない。