これで満足かと洗ってきた手を見せつけると、お母さんはうんうんと満足気に頷いた。
「もうっ……手え洗いながらぶっ倒れるかと思った」
わざとらしく言ってやりながらフォークを握った。
「愛に歴史で習ったような時代を生きることは無理だね?」
「私はこの時代の人間だから」
お母さんの苦笑を聞き流しながら、求め続けた麺をフォークに多めに巻き付けた。大きく開けた口にそれを突っ込めば、幸せの味が口いっぱいに広がる。
「はあっ……」
限界を超えた空腹に耐えたあとのこの味。こんなにも幸せな瞬間はない。
「見てて気持ちがいいね」
お母さんの声に言葉を返すこともなく、どんどんパスタの残りを減らしていった。
「……あっ」
パスタの残りがほんの少しになった頃、話したかったことを思い出した。
「今日ね、芹沢くんの笑った顔を見たの」
「へええ。土曜日にコンビニで会ったって人だよね?」
「そうそう」
土曜日、帰ってきてすぐにあのことを話したからお母さんも芹沢くんのことは知っている。
「で、私はその人のこと、悪い人ではないと思ってるんだけど――」
綾美とイメージの差があることを話すと、お母さんは小さく唸った。
「それはしょうがないんじゃないの? 例えば、あたしのよさに気がつかない人がほとんどの中、お父さんだけが気づいてくれたじゃん? それくらい、人によって感じ方は違うんだよ」
「なるほどねえ。……ん? いやなんか違う。それはお父さんが変わってたからで」
ハハッと笑い、適量のパスタを口に入れようとしたとき、なんだか嫌なものを感じた。ちらりと目線を左上に上げると、不機嫌なお母さんの目と視線が重なった。
「……残りのパスタ、もらおうかしら?」
「だめっ。これはだめ。……ちょっ、お母さんの分あるでしょうが」
「ふハハッ」
笑い事じゃないよと呟きながら腕で皿を囲み、急いでパスタの残りをなくした。