周りの視線が気になる前にあの場を去り、大好きな我が家へ帰ってきた。それからの時間は早くて、いじっている携帯の右上に表示される時間は19︰02となっている。

ダイニングテーブルに伏せるような形で、美味しそうな匂いを放つ夕飯を待つ。匂いの正体はわかっているのに、なかなかそれとは出会えない。体の中心辺りから、可哀想なほどの音が鳴った。もう何度目だろうか。

「お腹空いたっ……」

次第に携帯をいじる気力もなくなり、腕の上にのせていた顔を伏せた。すると空腹が限界に達し、眠気が襲ってきた。

しばらく空腹と眠気に耐えていると、頭の上でテーブルになにか硬いものを置く音が聞こえた。

勢いよく顔を上げれば、予想通りの料理が盛られた皿があった。ナポリタンだ。私の大好きな、昔ながらのといった感じのナポリタン。

「やった。待ってましたっ」

ようやく空腹とおさらばできると幸せな気持ちでフォークを握ると、「ちょっと?」とお母さんの声が飛んできた。

フォークがパスタに触れる直前のところで手が止まる。視線を上げると、お母さんの意地悪な笑みが現れた。

「手、洗ってきなさい?」

しれっと視線を皿へ戻す。母は、空腹で目の前にナポリタンがあるこの状況で手を洗えと言っているのか。

「あっ、帰ってきてから洗った。大丈夫」

「嘘つき」

意地悪なお母さんを、悲しさをアピールした目で見つめてみた。

私は目の前の料理を食べることを望み、皿に盛られたオレンジ色に輝く麺は、今すぐにでも食べられることを望んでいるのに、母はそんなことを言うのか。

「……わかった。じゃあ一口食べてから……」

「忘れたフリするでしょ」

許してくれる気配のないお母さんの声に、私はフォークをテーブルに戻し、ため息をついた。

「しょうがないなあ」

えらいえらいというお母さんの声を背中で聞きながら、悲鳴を上げるお腹を励ましてリビングを出た。