それが大きくなった私は、走って教室へ戻った。バタバタと騒がしく教室へ入ると、自席で伏せる綾美の華奢な体を揺すった。
睡眠を妨害された綾美は、ほとんど目の開いていない眠そうな顔をゆっくりと上げる。
「なんだ、愛か……」
「いやっ」
“ちょ”を5回ほど高速で繰り返し、再び机とくっつきそうになる綾美の頭をぎりぎりで止めた。
「ねえ、ちょっとでいいから起きて」
少しでも綾美の眠気を薄めようと肩を叩くと、大きなため息が聞こえた。
「うるさいなあ。なに?」
友人の睡眠を妨害しちゃいました罪で訴えるぞと言う綾美に、答えが見つからず苦笑を返す。
「あの、さっき廊下で芹沢くんと会ったんだけどさ」
私が先ほど廊下で経験したことを話し終える頃には、綾美の顔に眠気など微塵も感じられなくなっていた。その代わりに、彼女の顔を心配の色が満たしている。
「……愛、芹沢くんに興味あんの?」
不安気な表情とはまるで違う、低く鋭い声で訊かれ、「えっ、いや……」とごまかす。
空気を変えられるような話題も、綾美にさっきのことを話した理由も見つけられずにいると、綾美はさらに言った。
「ねえ、余計なことしないでよ? 芹沢くんは、普通の高校生じゃないの」
「……えっ?」
私が聞き返したと同時に綾美の顔に苛立ちの色が現れ、いけない返しをしてしまったということにはすぐに気づいた。
「なに、愛は芹沢くんが好きなの? それとも、あたしの中の芹沢くんのイメージを変えたいの?」
その二択なら後者だ。なんせ好きになるきっかけがない。だけどそれを言ったところで敵わないと思い、私は黙り込んだ。
「……あたしはね? 愛と仲よくいたいの。もし愛が芹沢くんと仲よくなって、不良にでもなったら。あたしきっと、愛とこんなふうに話せない。そんなの、あたしは嫌だ」
なにも言わない私に言い聞かせるように、綾美は優しい口調で言った。ゆっくり顔を上げれば、綾美は悲しみに似たなにかを含んだ笑みを浮かべた。
「綾美……」
「だから、お願い。あんな人とは、関わらないで?」
懇願するような綾美の瞳に負け、私はその言葉に頷いた。



