3月も終わろうとしている頃。

瞬は、やはり自分の力で生きることを選んだ。本当にそうすると決めるには少し時間が掛かったものの、瞬の口から“後悔はしない”という言葉が聞けた。最初は反対していた奏も、瞬のその言葉に悲しい顔で頷いた。私も悲しかったけど、瞬が後悔しないのならそれがいいと思った。


私には、ある日課ができていた。仕事終わり、瞬の家に行くことだ。最初は、つい長居して自分のお母さんに怒られることがあった。瞬のお母さんは、安全に帰れる時間までならいくらでもいて構わないと言ってくれた。その言葉に甘えた結果が自分の親に叱られるというものだった。

瞬の家では、彼に1日の出来事を話している。高校の頃、毎日のように電話で話していた頃を思い出した。


瞬に会えることを力にして仕事を乗り切り、今日も彼の家を訪ねた。

「瞬っ。やっと終わったよお」

今日も残業があったのだと愚痴を漏らすと、『おつかれ』と返ってきた。瞬の声ではなく、機械の声だ。

瞬の声は機械を通して聞く。視線で文章を打てる機械があり、綴った文章をその機械が読み上げてくれるのだ。瞬の気持ちや考えがそのまま聞けるので、私は今までとの違いは全く感じていない。


「寂しかった?」

私は言いながら、瞬のそばの椅子に座った。彼は上半身を起こした形のベッドにいる。

『なんで?』

「残業で、くるのが遅かったから」

『まあ、ちょっとな』

「素直だねえ。私も定時で帰れないってなったときすっごい悲しかった」

だから今日は長居するよと笑うと、だめだと返ってきた。

「なんで?」

少しの間のあと、言葉が返ってきた。

『変な事故に巻き込まれたりしたら嫌だから』

瞬らしい優しい言葉に笑いがこぼれた。

「私、信号無視したりしないよ? 飛び出しもしないし」

『子供じゃないんだから』という言葉と同時に、瞬の目元が微かに笑った。

こういう何気ない時間や瞬間が、今の私の、最高に幸せな時間だ。瞬が瞬であると感じられるときだからかもしれない。