「体は素直だな」と大野を見上げても、大野からは特になにも返ってこなかった。

俺が公園を出て左折すると、大野は右折した。慌てて大野を呼び止める。

「どこ行くんだよ」

「家以外にどこがあんだよ」

まあそうだけどさ、と俺は苦笑した。

「俺ん家来いよ。どうせ帰っても、その脚なんもしねえんだろ?」

俺が言うと、大野は軽く舌打ちしてこちらへ来た。しつこいやつだと思われたかもしれないが、それでよかった。


家に向かう途中、なぜそんな目に遭ったのか訊いた。家が果物屋を営んでいるらしく、それから金持ちという噂が広がり、金をよこせと言うやつがいたらしい。それを断ったら、やつらの怒りと共にいろいろなものが飛んできたという。

いつからそういうことがあったのかは言わなかったが、右脚の様子から、いじめの噂が立つだいぶ前からあったのかもしれない。


大野をリビングで待たせ、救急箱とリビングへ戻った。手当てを始めると、滲みるのか大野は時折顔をしかめた。その度に「すぐ終わるから」と声を掛けた。

やがて全箇所の手当てが終わると、俺は大野に「立てるか?」と手を差し伸べた。彼は大丈夫だと言って自力で立ち上がり、玄関へ向かった。

大野は俺のものより汚れの目立つ靴を履き、振り返って礼を言った。さらに「本当に助かった」とまで言った。大袈裟だとも思ったが、少し嬉しいような気もした。

「脚、大事にな。……あっ」

「ん?」

「お前、下の名前なんていうの? 奏でる一文字で」

「ああ……たまにソウとかカナデって言われるけど、カナタ」

「カナタか。俺は……」

「わかる。セリザワ シュンくんでしょ? 1つの読み方しかない名前っていいよね」

だろ?と自慢すると、羨ましいと奏は笑った。

「じゃあ、本当にありがとね」

バイバイと手を振り、奏は家を出ていった。俺も5年ぶりくらいに他人に手を振った。