もらったウェットティッシュで手を拭き始めると、家に入る前、綾美が芹沢くんのことも話そうとしていたことを思い出した。
「そう言えばさ」
少し気になる沈黙をその話を振って破った。目の前でカリカリといい音を鳴らす綾美は、それを続けながら小さく唸った。
「芹沢くんは……やっぱ怖いに限るんじゃん?」
「怖いの?」
昨日 廊下で見たときにも、私は全然そんな印象は持たなかった。顔の小ささでいっぱいになっていたからだろうか。
「うーん。まあ中学の頃のイメージもあるんだろうけどね。ほら、基本 教室にはいなかったし、今だって、あの綺麗な無表情にゆるゆるの制服でしょ?」
綾美の話を聞きながら、おにぎりのはずだったパンの封を開け、「なるほどねえ」と返した。同時に、中学の頃の芹沢くんは教室にいなかったならどこにいたのだろうという素朴な疑問が浮かんだ。
「あの頃、女子たちも全然話し掛けられなかったもんね」
パンを口元へ運んだ手と、口を開けた状態で動きが止まった。
「……えっ、なんで?」
「いや、だから性格とか なに考えてるか とかわかんなくて、怖かったから」
「性格わかんないんだ?」
「だって、珍しく教室にいると思ったらさ。授業を受けるでもなく? 当たり前のように寝てるか、先生をばかにしてるかのどっちかだったんだから。もう性格どころの騒ぎじゃないよ」
綾美の話を聞いて、絵に描いたような問題児だと思った。だけどなんとなくそれは言いたくなくて、苦笑を返してパンを一口かじった。



