仕事終わり、店の前で確認した携帯が不在着信と留守電をそれぞれ一件ずつ知らせたのは、人生初の仕事が始まってから1か月が経った頃だった。その頃には仕事で失敗することもほとんどなくなっていた。
不在着信も留守電も、奏が残したものだった。
『お疲れ様です、奏です。このあと時間があれば連絡ください』
留守電には、奏の声でその言葉が残されていた。これからの予定なんて考える必要もない。私は迷わず奏の携帯を呼び出した。
『あっ、もしもし』
コールのあと、久々に聞こえた人間の声にほっとする。
「ああ、私。留守電を聞いて……」
『ああ、うんうん。ありがとう』
「どうしたの?」
『ちょっと話したいことがあって。確か、近くに喫茶店あったよね?』
「うん、ある。Cherry Blossom(チェリー ブロッサム)、だっけ?」
『そうそう。ちょっとそこで会わない?』
「いいよ。現地集合でいいよね」
『うん、ありがとう。じゃあ、喫茶店で』
「はあい」
携帯を耳から離そうとした直後、『ちょっと待って』と慌てた声が電話の向こうから聞こえた。
「ん?」
『ちょっと待たせちゃうかもしれない』
「ああ、大丈夫だよ。奏くんが運動音痴なのはよく知ってるから」
奏は少し怒ったのか、小さいため息のあと『じゃあ』と言った。私はハハッと笑ってから電話を切り、携帯をバッグにしまった。
そしてバッグをかごに放ると、自転車にまたがり、近くの喫茶店、Cherry Blossomを目指した。