胃酸最強説ではなく奏のトランプ最弱説で盛り上がっていると、窓の外は解散を促す色に染まっていた。
「奏ってトランプ全般弱いんだね」
「もう本当、引くほど弱い」
「でも僕、神経衰弱だけは得意だよ?」
「そうなんだ」
私が少し噴き出すと、瞬が「神経衰弱で奏に勝てるやつ、たぶんいない」と証言した。
「でも僕、トランプとはもう縁を切る」
トランプの順番を揃えながら言った奏に、マジかと瞬が苦笑する。奏はトランプをまとめ、ケースにしまった。
「あ、僕そろそろ帰るね。白湯も飲まなきゃいけないし」
白湯ね、と奏に笑い、瞬に瞬はどうするかと問うた。
「ああ、俺も帰ろうかな」
瞬は壁の時計を確認して言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「よしっ。じゃあ、行こうか。極寒の外へ」
嫌なこと言うなあ、と悲しそうな顔をする奏を笑うと、彼は白を基調とした小洒落た手提げバッグからオレンジ色の水筒を出した。
「わっ、その水筒かわいい」
「あっ、本当? これ、変じゃない?」
奏は嬉しそうに目を輝かせた。
「全然変じゃないよ、すっごいかわいい。下はなんて書いてあるの?」
「ああこれ、全部大文字で『KANATA』って」
「へえ、かわいい。私の名前もあった?」
「ああ……。あったらメカニカルなデザインだろうね」
「えっ?」
奏の言葉を理解できずにいると、瞬が「それアーティフィシャル・インテリジェンス」と突っ込んだ。
「えっ、なになに? そのかっこよさそうなアーティなんちゃらって」
「人工知能のこと。ローマ字のアイ、AIと、アーティフィシャルのAとインテリジェンスのIに略した人工知能をかけた、くだらない冗談」
「ふうん……」
いまいち理解できないまま頷き、「他になんの名前があった?」と奏に尋ねた。
「ああ、これ僕の13歳の誕生日プレゼントとして姉が買ってきたやつで、名前は……書かされた」
「あっ、奏が書いたの?」
ちょっと見せて、と水筒を借り、文字の部分を見るとゴシック体のような形で『KANATA』と書かれていた。
「ずいぶん真面目に書いたんだね」
「ただでさえ気に入ってなかったのに汚い字で自分の名前なんか書いたら持って歩けないじゃん。色でびっくり字でびっくりだよ」
「そうかな?」
私はすごいかわいいと思うけど、と付け加えて水筒を返すと、「今日からはお気に入りだけどね」と奏は笑った。