自転車の方に行ってしまったのだろうかと思い駐輪スペースへ行ってみれば、綾美はのんきに先ほど買ったのであろう水を飲んでいた。自転車のサドルに座って、ゆっくりと後輪を回している。
「綾美」
ため息のように名前を呼べば、綾美は頭の上に疑問符を浮かべて振り返った。
「遅かったじゃん」
「遅かったじゃないよ。なんで置いてくのさ」
ぽつぽつと愚痴を並べながら自転車に近づいた。「だって」と綾美の声が聞こえる。
「芹沢くんとそんないつまでも一緒にいたらまずいっしょ?」
自転車のかごに袋を入れると、綾美の声でそんな言い訳が聞こえた。
「だから置いて行かれたくなかったんだよ」
昨日――入学式の翌日にあそこまで騒がれるような人と一緒にいるところを誰かに目撃され、有る事無い事言いふらされたら面倒なことになる、というのは私にでもわかる。
一緒にいたと言うか遭遇してしまっただけなのだが、目撃者にそんな事実は伝わらない。
私が口を尖らせると、隣で綾美が軽快に自転車から降りた。
「ではでは。お散歩しますか」
言いながらスタンドを上げる。
「お散歩――歩いて行くの?」
「うん。家ならそう遠くないし、歩きなら話しながら行けるでしょ?」
確認すると、話題も決めているような笑顔が返ってきて、「そうだね」と頷いた。
私も自転車のスタンドを上げ、歩道へ向かって歩き出す綾美に続いた。



