左手首にある桜をモチーフにした腕時計は、12時10分を示している。
視線を前へ移せば、本物の桜が視界いっぱいに広がった。
待ち合わせの校門前、先に着いたのは私だった。部活で来ている人たちの声や音をバックに、自転車にまたがったままで綾美を待つ。
風が吹いて目の前の桜が舞うと、今日も無意識に右手を伸ばし、そっと握った。
「あっ……」
今回は何度かやると、手の中に花びらの感触が生まれた。その手をそっと開くと、そこには確かに薄紅色をした小さな花びらがあった。
やっと取れた――。
自然と笑みが浮かんだ。しかし幸せを運んできてくれたその花びらも、再び風が吹くとどこかへいってしまった。
「あーいーっ」
穏やかな気持ちで桜の浮かぶ空を眺めていると、前方から元気な声が聞こえてきた。視線を前へ戻せば、自転車に乗って左手を振る女の人がいた。
「綾美ーっ」
私もその人に向かって、大きく右手を振る。
少しして私の近くに来ると、綾美はキッと高い音を鳴らして自転車を止めた。わざとらしく肩で息をする。
「おつかれ」と言ってあげると、彼女は苦笑した。
「あっ、そうだ。家行く前にコンビニ寄っていい?」
「うん、全然いいよ」
「お腹空いちゃってさ。愛もなんか買いな?」
私が頷くと、綾美は「よし行こっ」と近くにあるコンビニに向かってペダルを踏み込んだ。



