「あ、いた槙野」
ふと、ガサついた西宮くんの声が聞こえてきた。本人もこちらへ近づいてくる。彼は必要以上に自分に自信がある高身長というだけの男子だ。
「おう、西宮」
西宮くんは槙野くんに向けて微かに口角を上げ、私を見ると同時にそれを戻した。
「つうか笠原」
「知ってる。いろいろ愚痴ってたんだって? これナンパじゃないし、看板をダンボール呼ばわりするのやめてくれる?」
「でも結局はダンボールだべ」
「いやいや、ダンボールじゃないでしょ。こんな高級感あるダンボール他にないでしょうが」
「いや今ダンボールって言ったべ」
西宮くんの満点な指摘に、自分の口からあっと声が漏れた。
都合が悪くなってきたので急遽 他の話を考える。
「ゴタゴタ言ってないで内田(うちだ)くん見習ってよ」
私は少し離れたところで必死にお客さんに声を掛ける男子に目を向けた。彼が内田という生徒だ。小柄で、かなり真面目なタイプの男の子。
彼が声を掛けた2人組の女子が私たちのそばを通り、2年3組の教室へ入っていった。
「ほらあ、内田くん頑張ってるよ? 西宮くんもさ、その身長でその高級感あるダンボール持ってれば目立つんじゃないの?」
西宮くんを見上げると、彼は細い目で睨んできた。
「つか、つれねえのこのダンボールのせいだろ」
「内田くん誘えたじゃん。西宮くんそんな怖い顔してるからじゃないの? その目つきどうにかしなさいよ。てかダンボールって言わないで」
「悪かったな怖い顔で。だが生まれつきなのだから致し方ないだろ。つか母ちゃんに謝れ」
「嘘っ、お母さんもそんな顔してるのっ?」
「お前それどういう意味だよ。俺を女にしたら母ちゃんだわ」
「えー、嫌だあ……」
「嫌だじゃねえよ。まじ母ちゃんに謝れ。今すぐ謝ってこい」
「はいはーい、おしまいっ」
盛り上がってきた私と西宮くんを槙野くんが止めた。賑わう廊下の極一部がしんとする。
「2人してそんなダンボールダンボール言うなって。せっかくゴージャスになったダンボールくんが可哀想だろ。しかもなんか、後半 西宮の母ちゃんイジりになってっし」
「ダンボール。槙野くんも言わないでくれる」
私が睨むと、槙野くんは困ったように笑った。私はため息をつく。
「はーい、呼び込み呼び込みっ。その高級感溢れるダンボールで呼び込みしてきてっ」
私は叫ぶように言いながら2人の背中をたくさんの人がいる方へ思い切り押した。



