夏休みに入って、約2週間。体はすっかり長い休みに慣れていた。おまけに毎朝 髪の毛をポニーテールにすることにも、ヘアゴムの上にリボンを縛ることにも。

芹沢くんに褒められてから、ポニーテールは毎日している。何度か両サイドに前髪を残そうとしたけど、凝った髪型を一切したことのない私には難しすぎたので、全部入れてしまっている。


8月に入って間もないこの日、私たちは近くの海へ向かって自転車を漕いでいた。

場所によっては田舎とも、全体では都会とも言えない、最終的に田舎に近いこの辺りでは、30分も自転車を漕げば海に行ける。

咲菜とそれくらいの時間 自転車を漕いでどこかに行ったりしていたので、私としては自転車で30分は近い方だ。咲菜も近いと感じる人で、2人で田舎魂 半端ないよね、なんて話したりもした。


芹沢くんも、自転車で30分は大したことないと感じているらしい。

問題は、遠い後ろをのろのろと走っている大野 奏だ。

「ちょっとお、奏遅すぎなんですけどお」

時々ペダルを後ろに回したりしながら、このペースにもついてこれない奏を急かす。


今日、初めて彼の名前から“くん”が取れた。彼があまりにも自転車を漕ぐのが遅いから、つい“くん”を忘れてしまったのがきっかけ。

初めは自分でも驚いたけど、5回も呼べば慣れてしまった。


「2人ともっ……なんでそんなに急いでるのっ?」

後ろから奏の死にそうな声が追いかけてきた。こちらとしては全く急いでいるつもりはないのだが、人間離れした遅さで自転車を漕ぐ彼には、私たちの自転車はとんでもないスピードを出しているように見えているらしい。

「あいつ、まじで遅いんだよ」

隣を、私と同じように歩いた方が楽に感じるくらいの遅さで走る芹沢くんが言った。

「なんであんな遅いの?」

「それはわかんないけど。許してやれ、あいつにとって運動はなによりも確実な自殺行為なんだ」

「はあ。もう現地集合でよくない?」

「俺もだいぶ前から思ってるけど、帰るぞ? あいつ」

「それは困る。てか男の子でしょ? ちょっと運動だめすぎじゃない?」

「やめてやれ。……やめてやれ」

芹沢くんは小さな声で、小さく頷きながら言った。


こんなに遅くてよくバランス取れるな、と思いながら、もう一度奏の存在を確認した。

先ほどより僅かに近づいたように見える位置に、彼はいた。