「わあっ……たしっ」

『どうした?』

やばいと思った。電話が掛かるなんて完全に想定外だ。切るか。切ってしまおうか。変に話す前に、もう切ってしまおうか。

『もしもーし』

「ああ……」

切らせてくれない場合、どうするのが正解なのだろう。向こうはもう、完全に相手が笠原 愛だとわかっている。

我が人生史上最高レベルのピンチかもしれない。切ることも許されず、話すことも浮かばない話題に許されず。

『なんかあった?』

話題がないというのに、電話越しの芹沢くんが言ってくる。

「ああ、のね……?」

『うん』

「今、私。宿題、やってるんだけどさ……」

不自然な私の言葉に、芹沢くんはいつものような感じで『あ、俺も』と返してくれた。少しだけ緊張が解けた気がした。

「本当?」

『なに出された?』

「数学なんだけどさあ……芹沢くん、数学得意?」

『苦手じゃないかな』

「わあ嬉しい。ちょっと教えてくれない?」

『いいよ』

「やったっ。ほんっと助かる」

見えもしないガッツポーズを全力でし、全然普通に話せるじゃん、と安心した。