どうせやらされるのならと、黒板をとことん綺麗にしてやった。雑巾をバケツに放って中の水が飛んだりという小さなハプニングはいくつか起こったものの、文句は言えないであろう仕上がりになった。

普段は決して求めない完璧を求めたせいか、かなり疲れた。


鞄を手に、綾美が待っていてくれたりしないかな、なんて期待を抱いてきた自転車置き場には、部活で残っている人の自転車があるくらいで生徒はまるでいなかった。

盛大にため息をついて自転車のかごに鞄を入れると、3組の方から確かめるように名前を呼ばれた。振り返ってみると、自転車にまたがった茶色い髪の小顔な男子が軽く右手を上げた。

「……芹沢くん?」

確認して返ってきた、「どうした?」という声は芹沢くんのものだった。

「えっ、芹沢くんは?」

「いや、友達が忘れ物したっつうから」

「あっ、そうなんだね」

芹沢くんが昇降口の方を見たので、つられるように視線を移した。誰かが出て来る気配はない。芹沢くんはすぐにこちらを向いた。

「あ、で笠原は?」

「私は……小嶋に仕事頼まれて。黒板掃除」

超めんどくさいの、と愚痴を付け足せば、芹沢くんは「おつかれ」と笑ってくれた。

「気をつけて帰れよ?」

「うん。ありがとう」

気をつけろだなんて小嶋とは大違いだなと思っていると、ぱたぱたと小さな足音が走ってきた。息を切らし、完全に充電切れといった様子で お待たせと芹沢くんに言うのは、彼の相方である大野くんだ。

私は「じゃあね」と芹沢くんに手を振り、自転車にまたがると校門に向かって重たいペダルを踏み込んだ。

すると後ろから、「知ってる人?」「コンビニで栗原の隣にいた人」という2人のやりとりが聞こえた。

「……コンビニ、か」

自転車を漕ぎながら1人で呟き、その頃よりだいぶ距離も縮んだよね、となんだか嬉しくなった。