「おお笠原。ちょうどいい」


午後の授業と帰りのホームルームを乗り切り、綾美とドアの方へ行こうとしたとき。笑い担当であり1年2組担任でもある小嶋 泰久に呼び止められた。

「……なんすか?」

「悪いな。黒板消して、拭いて……ついでに黒板消しも掃除しといてくれるか?」

「本当に悪いですね」

そこそこハードな頼み事に食い気味に返す。

「てか、先生これからなんかあるんですか?」

「ああ、いろいろ忙しくてな」

小嶋は荷物をまとめながら、本当に忙しそうに言った。

「じゃあ愛、頑張ってねん」

一緒に帰ろうとしていた綾美は、私の肩を軽く叩き、余計なことに巻き込まれまいと足早に教室を出ていった。

「ああ、あった。じゃあ悪い、笠原。頼んだ」

「はあ?」

いくつかのトートバッグのような手提げを手に、小嶋はいそいそと教室を出ていった。

「このせいで私が誘拐でもされたら、先生 責任取って下さいねーっだ」

小嶋の背中に向かって舌を出し、深いため息をついた。

なぜ私なんだ。他にもいるじゃないか。きちんと仕事をしてくれそうな、真面目な生徒さんが。

私が見ると、その真面目な生徒さんたちは、私に申し訳なさそうな目を返し、鞄を手に教室を出ていった。

彼らの背中に、「お気をつけて」と自分でもわかるほど感じ悪く呟く。


誰もいなくなった教室で、「なんでしたっけ?」と呟く。黒板に書かれた、小嶋の綺麗とも汚いとも言えない字を消し、雑巾で拭いて黒板消しの掃除もしろ――でしたっけ。

私は最後にもう一度ため息をつき、頭でまとめた内容を行動に移した。