「岩瀬が裏切ったことだが」

蓮さんが重々しく話し始める。ここは人狼族の家の床下に存在する秘密地下室。人狼である私、山辺蓮さん、裏切り者の綾辻夢さんが揃っている。

「『人狼族たるもの裏切ることなかれ、約束を破ることなかれ、仲間を愛し、守れ』そうお父さんから伝えられた。岩瀬さんが死んだってことはつまり…」
私は言い淀んでしまった。『仲間』を大切にする、それを第一とする人狼族。それを岩瀬が裏切ったとまだ信じたくない気持ちが残っているせいだろうか。
そこに綾辻さんが淡々と言葉をつなげる。
「人肉を喰らおうとしたけど、運悪く返り討ちされちゃったってところかしらね。おそらくサイコキラーを殺したってところかしら?」



綾辻さんは裏切り者。人狼族の中でも異端の、呪われし血筋。
私や山辺さんのような普通の人狼族は人狼の親の死後に覚醒する。人狼の力は同じ血族の中に1つしか存在しないからだ。私は人狼であったお父さんが亡くなっている。山辺さんは両親ともに亡くなっていて天涯孤独だったはず。山辺さんは今27歳。ほとんどの村人が50歳ほどで亡くなるこの村では山辺さんの年齢を考えると山辺さんが人狼の能力を受け継いでいるのは妥当なのだ。だからもう60を超えている村長はもはや化け物。

閑話休題。綾辻さんが呪われた血族と呼ばれる理由、それは人狼の覚醒条件が『他の人狼が全滅した時』。仲間が死なない限りは自分は人狼になれない。
『人狼の能力なんて、力を必要とする時代でもないんだし特別欲しいものでもないわよ』
綾辻さんはこの悪夢がはじまるよりずっと前にそう言っていた。けれど、今は力を必要とする時。考えが変わっていても不思議じゃない。

「ねえ、みのり」
「あ、綾辻さん。どうしたの?」
「みのり、私は能力はなくとも誇り高き人狼族よ。大方、私があなたたちを殺して自らに能力を求めようとしていると思ってるなんて勘違いしてるんじゃないの?」
『誇り高き人狼族』私たちは自らのことをよくそう称する。仲間への愛やらなんやらを言いながら一番信頼していなかったのは私なのかもしれない。
「ごめん、綾辻さん。私、岩瀬のこと言えないかもね」
思わず笑ってしまった。なんだか自分のことが滑稽で。けれど低い声がそれを中断させた。
「お前は、あいつとは違う。大丈夫、自信をもて。まずは、生き残ろう」
「山辺さん…」
彼は美しい銀髪の髪を耳にかけ、ゆっくりと問いかけた。
「そのためにもまず、誰を殺そうか」
重く、深みのある声色でそう言った。