日曜の朝、夕方から出勤だという彼女が部屋にやって来た。いい加減行き先を決めて宿の予約をしなくてはならない。

 彼女は付箋だらけの旅行雑誌と、やりたいことを書いたメモ帳を開いて、それとにらめっこしながら絞り込んでいく。

 その結果、遠刈田温泉に決まった。体験もできて、歴史も感じることができる。

 でも一番の決め手は「キツネ」だった。百頭を超えるキツネや、他の動物たちと触れ合うことができる「キツネ村」の存在を知った彼女は、顔には出さないもののそわそわしていて。僕はそんな様子を見て、彼女の髪をわしゃわしゃ撫でたい衝動に駆られた。

 そわそわした様子に気付かないふりをして「キツネ村行こうか」と言ったときの、彼女の嬉しそうな顔といったら……。


 行き先が決まり、宿の予約を入れたあと、彼女は仰向けにばたりと倒れ込み「決まって良かったー」と安堵の声を出した。
 心から疲れた、という声だった。

 一泊二日、県内の旅行先を決めるだけでこの疲れ様。
 生活サイクルが違うだけで、ここまで大変だとは思わなかった。どちらかが無理をしないと、旅行やデートすらも難しい。
 僕らの場合、無理をするのは彼女だ。

 彼女は本当にそれで、良いのだろうか。
 こんな不器用な付き合い方で、彼女は満足しているのだろうか。


「ねえ、笹井さん」

「うん?」

「なんで急に旅行しようなんて思ったの?」

 聞くと彼女はきょとんとして僕を見上げる。

「ただでさえ仕事忙しいのに、旅行のためにさらに忙しくなって。笹井さんは大丈夫なのかなって……」

 きょとんとした表情のまま僕を見上げていた彼女は、少しだけ視線を外し、考え込んだあと「大丈夫」と答えた。
 目の下にくっきりとくまを浮かべた顔じゃあ、いまいち信用できないけれど……。

 そんな僕の心情を察したのか、もう一度「大丈夫」と言ったあとで、彼女は大きく息を吸い込んだ。


「うちの店長が、結婚することになったの」

「うん?」

「そしたらスタッフの子たちが、次は笹井さんですねって。もし良ければ次の合コン一緒に行きますかって」

「え……」

「不思議なことに、恋人がいないって思われてたみたい」

 それは何となく理解できる。八年ぶりに再会してからの一年数ヶ月、彼女はいつも忙しそうにしていた。正社員としての責任感もあるだろうし、副店長になってからは仕事量も、店にいる時間もだいぶ増えたみたいだし。
 いつも店にいる副店長に恋人がいるなんて、誰も想像しないだろう。

「恋人いるよって言ったら、こんなに仕事ばかりして放っておくと捨てられますよって。それはまずいって焦って、旅行に誘った次第です」