【それでもわたしは、】




「やだー、揺らしちゃやだー、おえっ、吐く、吐くぅ」

「うるさい、ちゃんと歩いてよ!」

「えへへ、美波ちゃんのうなじー、うなじスターダスト!」

「全然意味が分からない。酔っ払いめ」



 真夜中過ぎ。突然携帯が鳴って、何事かと思ったら「迎えにきてー」という間延びした声が聞こえてきた。
 いつからわたしはこの男のお守り係になったんだ? と疑問に思いながらも、近くの居酒屋に行ってみれば、一緒に飲んでいた友人たちに置き去りにされたらしい男が、レジカウンター横の椅子に座っていた。

 そして「五円足りないから貸してー」「酔って動けないからおんぶしてー」「優しくキスしてー」と迷惑なことを言い出す。二十五歳にもなって情けない。

 無視して踵を返そうかとも思ったけれど、駄々こね期が再来した成人男性を放っておけばお店の迷惑になる。
 仕方なく、店員さんに五円を払い、何度も頭を下げて、男を背中に乗せて帰ることにした。

 何が楽しくて、真夜中過ぎに、酔っ払った成人男性を背負って歩かなくてはならないのだ。

 わたしの首に回った両腕は掴んでいるものの足を抱える力はないから、男の足はずりずりと地面を引き摺っている。なんて情けない。百歩譲って身体を支えるのはいいけど、せめてちゃんと歩いてほしい。

 ゆっくり夜道を歩く間、背中の酔っ払いはへらへら笑ったり、意味不明なことを言ったり、粗相をしそうになったり。とにかく落ち着きがない。

 普段社内しか歩かないせいで体力は落ちまくり、すでに息が切れている。もしかしたらわたしの部屋にも辿りつけないかもしれないから、あまり動かないでほしい。言っても聞いてもらえなかった。


「美波ちゃんはさあ、なんで、なんでなのー?」

「はあ?」

 そして酔っ払いの世話ほど面倒くさいものはない。

「美波ちゃんはさあ、なんで、おれと付き合ってくんない、ヒック、のー?」

 背中で男がしゃっくりした。この酔っ払い、話の途中でしゃっくりした。

「夏樹と付き合うと、面倒くさいからだよ」

「えー? 麺くさいー? 昼間ラーメン食べたからかなー」

 麺の話なんてしていない。酔っ払いめ。

「美波ちゃんはー、麺がきらいですかー?」

「だってあんたモテるし……」

 こんな情けない男でも、周りには女の子が溢れている。美容師だし、人懐っこいし、無駄に顔は良いし。モテないはずがなかった。

 わたしの心中を察するはずがない男は、やっぱり背中でへらへら笑っていた。