そんなとき「出張先でお酒買って来たから一緒に飲もう」と言って、美波ちゃんがうちにやって来た。

 ビールやワインには強いくせに、日本酒にはめっぽう弱い美波ちゃんは、外では決して日本酒を口にしない。すぐに寝てしまうからだ。だから飲みたいときはいつもうちに来る。

 案の定美波ちゃんは、すぐに間延びした声を出し始め、二時間経たないうちにテーブルに突っ伏して寝てしまった。

 彼女の肩にブランケットをかけてやり、もう可愛いなあ、と後頭部を撫でたとき。「何か」をするチャンスなのではないかと思った。

 目に映るのは、後ろ髪が流れるうなじ。その髪を避けると、真っ白なうなじが露わになる。そこには、小さなほくろがふたつ。

 酔って眠ってしまった美波ちゃんがしばらく目を覚まさないのは、とっくに知っている。頬を摘まんでも、髪をいじっても、手に枝豆やマイクを握らせても、背中に分厚い本を乗せても起きないのだ。

 だから少しくらいうなじに触れても、絶対に起きないだろう。


 おれはふわと香る甘い香りに誘われるよう、美波ちゃんのうなじに顔を寄せ、そこに唇を押しつけた。
 その状態のまま、目を覚まさないか確認したあとで、うなじを強く吸い付けた。美波ちゃんは起きない。もう一度、別の場所に吸い付く。まだ起きない。

 もう一度吸い付いて顔を離すと、美波ちゃんの真っ白いうなじには、ふたつのほくろと、赤いうっ血のあとがみっつ。

 美波ちゃんは、うなじにほくろがふたつもあるということを知らない。うなじなんて普段自分では見ないし、髪も結べるくらい長くないからずっと下ろしている。
 だからここにほくろと、赤いうっ血のあとがあるなんて、誰も気づかないだろう。

 知っているのは、おれひとりだけ。その優越感が、嫉妬心をかき消してくれた。


 改めて、うなじを見下ろす。
 赤黒並んだそれは、まるで星屑みたいだな、なんて思いながら、後頭部を優しく撫でた。





(了)