由紀ちゃん(名前はこの前怜央に聞いた)を家に呼ぶ日は明日。


何だか何も思わない。


学校内であの子とは手を振り合うような関係にはなった。

毎回顔を赤くして…そういえば璃乃も赤くなってたっけ。


ダメだ。何を思い出してる。

もう璃乃に執着しないって決めた。お願いだからこれ以上惨めなやつにするな…





「あの、松下くんですよね」





放課後、怜央が先に帰ってしまって誰もいなくなった教室にあいつが来た。





「何があったのか教えてください。芹澤さんが最近変なの貴方のせいですよね?」





こいつは璃乃の傍にいるべき相手だ。

なのに、こいつの口から璃乃の名前が、名字だけでも出てくるのが無性に腹が立った。





「はぁ…俺忙しいんだよね、ってかお前誰?
何でそんなの言わなきゃなんねーんだよ?」





璃乃のクラスの委員長。知ってる。


こんな当たりのきつい言い方しか出てこない。





「すみませんでした。僕は芹澤さんと同じクラスで学級委員の橋本幸大です。
芹澤さんと貴方が何かあったのなんて彼女を見ていれば分かります。でも話してくれない、なら貴方に聞くしかないじゃないですか」





真っ直ぐな目で見られると自分が情けなくて小さく思えてしまう。





「それ知って、どうすんの」

「それは…
でも僕は、あれ以上苦しそうな彼女を見ていたくないんです。何か力になりたい」





ああ、本当に璃乃が好きなんだな。

彼女の幸せを心から願って、俺とは違って自分で幸せにしてやれる。





「あいつを家に連れ込んで襲って、泣かれて逃げられた。それだけだよ」

「お、おそ…っ!
なら何であんなに芹澤さんは苦しそうなんですか!」





大きく目を見開いて驚いて呆れて、怒りが伝わる。

襲った、こんなやつを何でまだ…って。





「…知らねえよ」





まだ俺のこと思ってくれてたら…そう思う反面、早くこいつのとこに行ってくれって思う。



はぁ…未練がましいのは俺の方だな。

璃乃が璃乃が…って、俺が忘れられないんじゃないか。





「じゃあ貴方はもう芹澤さんのことなんて…」





好きだよ、好きだ。

本当はずっと俺のものにしたい。





言葉につまってなかなか言葉が出ない。

その時、扉が勢いよく開いた。


立っていたのは璃乃だった。

泣きそうな顔をして、ただ立っているだけだった。




ごめん、璃乃。今から俺はお前に酷いことを言う。これが最後。

きっと傷付いたお前をこいつが受け止めてくれる。





「さっきの質問、別にもう何とも思ってねーよ」





止まった空気の中、俺だけが動く。

ひたすら冷たく、言い放つ。





「あの日、カラオケ行って悪かったな。もう行かねえから」





璃乃を後ろに感じながら、胸が締め付けられながら。



ごめん、ごめんな。こんなこと言いたくないし思ってもないんだ。

ただお前の幸せを願ってるだけなんだ。



胸の奥がもやもやするのを、別れの寂しさだと決めつけて押さえ込んだ。

目が熱くなって、鼻がつんと痛くなるのを奥歯を噛み締めて堪えた。