「手当て、してくれんだろ?」
空気を変えるように言い出す。
返事をした璃乃はどことなく影を落としたような暗い表情。
消毒液を浸した布が傷口に触れて鋭い痛みが走る。
「もうちょっと頑張って」
璃乃は真剣な顔で俺の口元の手当てをしている。
息遣いが頭の中に響いて、璃乃から目が離せない。
"帰したくない。今、ここで俺のものに"
気付くと俺は璃乃を押し倒していた。
氷で冷やしていた右手も難なく動かして。
俺を真下から見上げる璃乃を見るとぷつりと何かが切れた。
「やっぱ危機感が足りねえんじゃねえの?
もしかして誘ってた?」
綺麗な瞳に見つめられて、その白い肌に導かれるように首元に顔を寄せる。
「…俺に食われちゃうよ…?」
体が自分の体じゃないみたいな感覚。
ただ俺のものにしたいという本能のまま、璃乃の意思なんて無視した行動。
そんな俺が我に返った理由は。
「な…んで…なんで私なの…?」
璃乃の涙だった。
はっとその場を退く。
拭うことなく大きな涙の粒がぼろぼろと流れるまま。
…俺はなんてことをしようと思ったんだ。
こんなんじゃ…こんなんじゃさっきのあいつらと同じだろ…
「貴方なんか………
…出会わなければ良かった………!」
がーんと強く殴られたような衝撃。
璃乃の魂からの叫びのように感じた。
俺はその場で声も出せず動けもしなかった。
ただ去っていく璃乃の背中を見ているしかなかった。