深紅の花束を持った宅配業者がいた。

 え?と顔いっぱいの疑問符に宅配業者が答えをくれた。

「ハッピーガーデンです。花束のお届けにまいりました。」

 近くの花屋さんだった。

 深紅のバラ…。でもそれだけのようだった。心当たりがなかった。

 深紅のバラは思い出のものだったけれど、渡してくれる人はもういない。もし渡せる状況なら会いにきてくれるはずだ。

 がっかりしたのが伝わってしまったのか、花屋さんは花束を渡しても帰らなかった。

「まだ何か?」

「これを…。」

 そう言って渡されたのは封筒だった。

「お姉さん、よっぽど愛されてるんだな。」

 封筒を渡してきた花屋のおじさんが感心したような半ば呆れたような声で言った。

「花束を頼んだにいちゃん。ずいぶん前にきてよ。」

「え?いつですか?」

 驚いて、つい声が大きくなる。

「そんなに知りたいってことは、お姉さんもってことかい?ならいいんだけどよ。にいちゃん、春ぐらいに頼みに来たかなぁ。」

「春…。」

 杏は少しがっかりした。いなくなる前に頼んでいってくれたんだろう。

「なんだい?にいちゃんは海外にでも行ったのかい?
 花束なんて予約しないで直接会いに行くのが一番だって言ったら寂しそうな顔して首を振ったからよ。」

 杏の顔も曇る。でもそれに気づかないのか花屋のおじさんは続けた。

「しかも自分で誕生日も頼んでいいかって聞いたくせに、やっぱり迷惑になるといけないからやめるって言ってよお。」

 誕生日…。次の誕生日までがエルのことを覚えていられる最終期限なのかな。
 そんなこを勝手に考えていた。

「あんないいにいちゃんの他に結婚相手でもいるのかい?
 次の誕生日までにあんたには運命の相手がみつかっているはずだからって。」
 運命の相手…まだそんなこと…。

 花屋のおじさんは「じゃにいちゃんのこと大事にしてやれよ!」という言葉を残して去っていった。

 生ものって言われて、もしかしてと思った自分がどれほど馬鹿だったかと笑う。

 生ものがエルだったらなんて…。そんなのちょっとシャレが効き過ぎてるわよね。
 でもあの変な子のことだもん。そんな登場の仕方したって驚かないわ。

 ねぇ。神様?

 もしいるのなら、どうして私はエルのことを忘れずにいられるのかしら。
 もちろん忘れたくないわ。でも…。

 花屋のおじさんから受け取った手紙を開く。
 そこにはもう何度も読んで涙でにじんでしまった最初の手紙と同じ筆跡の文字が並んでいた。