「このまま寝ちゃうとお肌に悪いですよ。」

 そう言うと何かヒヤッとするものが肌に触れた。

 あ、この匂い…シートのメイク落とし…どうしてこんなこと知って…。

 その後はいつも杏がつけている化粧水と保湿クリームを順番につける。

「良かった。疲れて帰ってきた時のために勉強しといて。」

 そうつぶやくと、おやすみなさい。と優しく頬にキスをした。

 赤くなる顔がばれないように、うぅん。と寝返りをうつ。その背中をエルは少し撫でて

「さすがに勝手に着替えさせたら怒られちゃうかな。」

 とつぶやく声とともに部屋を出ていく音がした。

 キスされた頬にそっと触れると涙が出た。

 こんなに優しいエルは全てが私を誰か他の運命の人と出会わせるためのもの。
 この優しささえもやっぱり仕事。それが天使の仕事…。

 分かっていたつもりでもエルの優しさだけは本当のものだと心のどこかで思っていたのかもしれない。
 それなのに優しくするのも仕事のためだったのだ。

 ずいぶん経ってからまた部屋に戻ってきたエルは石鹸のいい匂いをさせていた。

「あ…。そっかどうしよう。杏さんこっち向きに真ん中で寝ちゃった。」

 そんなつぶやきが聞こえても何も動く気配のないエルに、杏はどうしようと困っていた。

 また寝返りうつなんて演技とてもじゃないけどできないし…。

「寝ちゃった杏さんが悪いんだもん。」

 と小さく聞こえると背中ではなく、正面の方へ入ってくる。

 えぇ…と思っているとすっぽり杏を抱きしめるように布団に収まった。

「うぅ…可愛い。」そんな言葉が頭の上から聞こえる。
 エルって思ったことそのまま声に出ちゃうのかしらと笑えてしまいそうなのをこらえる。

「あとどのくらい一緒にいられるのかな…。」

 そのつぶやきに杏はズキッとする。

 やっぱりいつかは…そりゃそうよね。そんなことを思っていると

「ずっと一緒にいたいなぁ。」

 とつぶいた声が聞こえた。その言葉に切なくなっていると、ぎゅっーと抱きしめられた。

 ちょ、ちょっとさすがに寝ててもこれは普通起きちゃうんじゃない?とエルにつっこみたい気持ちを抑えてじっとしていると頭の上からスースーと寝息が聞こえてきた。

 抱き枕さながらの状態でがっちり巻かれた腕からは抜け出すことは不可能のようだった。

 もう!知らない!と胸に顔をうずめた。

「ふふっふ。くすぐったいよぉ。杏さん。」

 寝ぼけながらそう言ったエルは寝返りをして反対側を向いた。

 杏はびっくりして起き上がる。

「ハハッ。おっかしい…。ハハッ。うぅ。」

 何故か後から後から涙が出てきた。

 エルが起きちゃうと思いながらも止めることができない涙は、とうとうしゃくりあげるほどになってしまった。