「すみません…。迷惑をかけて。でも杏さんが運命の人を見つけるまで側にいなくちゃいけなくて…。」

 成約がとれるまで帰ってくるな!とかいう厳しい会社なのかしら。そうは思っても二十四時間っていうのは異常だ。

「それは四六時中ってわけじゃないと思うわよ。だいたい家に帰らなくて大丈夫なの?」

 なんとか部屋まで運ぶとベッドのところで肩から降ろす。どさっとベッドに倒れ込む智哉を心配そうにベッドの近くに座った。

「いけません。ここ杏さんのベッド…。杏さんが寝れません。」

 熱でつらそうに途切れながら言う智哉は相当つらいようだ。いけないと言っていても一人で動けないようだった。

「気にするところがずれてるわ。いいから少し寝なさい。私は出かけようとしてたところだし。何か食べたいものある?まだ食べれないか…。」

 考えている杏に智哉はおずおずと口を開いた。

「おにぎりを…。あぁすみません。わがまま言って。」

 驚いた顔をした杏に怯えるように縮こまる。杏はフフッと笑うと智哉の頭を撫でた。

「おにぎり本当に好きなのね。分かったわ。買ってくる。その代わりちゃんと寝てなさいね。」

 優しい顔でそう諭して杏は部屋を出た。

 ベッドに残された智哉は「殺人級の笑顔…。すっげー可愛いのになぁ。」とつぶやいて眠りについた。

 杏はドアの外で柔らかい髪に触れた手を見つめていた。

 髪に触れただけで優しい気持ちになるなんて…。こんな気持ちは初めてだった。

 ビクビクしていたのに頭を撫でられると、撫でられることにすっかり身をゆだねた智哉の安心したような顔を思い出す。その顔に余計に癒される気がした。