頭をなでるエルの優しい手に涙がとめどもなく溢れる。
 さんざんひどい言われようだった杏はポツリポツリと自分の口から思いを吐き出す。

「本当に好きだったの。」

 でもいくらヒールの低い靴を履こうと、いくら離れて歩こうと、圭佑に相応しい彼女になれている気がしなかった。

 少し離れて歩く惨めさ。そして離れている距離以上に感じる心の距離。

「本当は並んで歩きたかった。なんで離れてるんだよ。こっちこいよ。って言って欲しかった。」

 唇をかみしめると続ける。

「嘘だったかもしれないけど、私は運命だって言われて嬉しかった。」

 涙でかすれて声は途切れ途切れだ。それでもエルは頭を撫で続ける。

「でも分かってた。本当は可愛らしい子が好きなことも、二十三歳の頃のことを覚えてないかもしれないことも。
 それでも良かったの。幸せだと思いたかったの。」

「うん。うん。」とエルは優しく言いながら、むせび泣く杏の背中をさする。

「だって私には付き合っている時に可愛いなんて一度も…。うぅ。」

 エルはぎゅーっと抱きしめると「杏は可愛いよ。」と何度も何度もつぶやいた。

 杏はエルの腕の中で泣き疲れて寝てしまった。そんな杏を抱き上げてベッドに運ぶ。

 眠ったままの杏のおでこに優しくキスをすると「僕の姿が消えてしまう前に杏を幸せにしてみせる。」そう言って部屋を出ていった。