「信じてもらえないのなら、僕の本当の名前をお教えします。」

 え?本当の名前?そう杏が驚いていると智哉は構わず続けて言った。

「僕の名前はガブリエルです。」

 松永智哉あらため、ガブリエルはそう言って杏をみつめた。

「ガブリエル…。本当に天使みたいね。」

 智哉よりも何故かあっている気がした。別に外国人顔ってわけでもないのに。

「だから天使なんです。本当の名は実は教えてはいけない決まりなんです。心が…心が通ってしまうから。」

 まだ天使と言い張るのかと思いつつも、珍しく神妙な面持ちに本当に大変なことだということが伝わる。

「いいの?そんな大切な名前教えちゃって。」

 天使と信じているわけではなかったが、なんだか聞いてはいけない気がした。

「そんなの、もうとっくに通ってますからいいかなって。心。」

 悪びれる様子もなくあっけらかんと笑う。
まったくこの子は…。

「そういうこと言って恥ずかしくないわけ?」

「何がです?」

 ダメだ。この子には通じないんだった。
 別次元に生きている純粋無垢な子だったんだった。

「分かったわ。せっかく名前教えてもらったんだし。ガブリエルじゃ長いから。そうね。エルって呼ぶのはどうかしら。」

「エル…。」

 そうつぶやくと嬉しそうにうなずく。

「いいですね。エル。なんだかますます仲良くなれた気がします。」


 結局、この日も「まだ一人で寝るのは寂しいんです」というエルと背中合わせで寝た。

 そんな一言で添い寝してしまうなんてどうかしてる。
 そう思っても背中から伝わる体温は心地よかった。

 ケーキはもちろん食後に登場した。
 エルが盛大に、ちょっと音をはずしたお祝いの歌を歌い、赤面するほどに杏を可愛いと褒めちぎった。

 そして二人で仲良くケーキを食べた。
 こんなに甘くて美味しいケーキは初めてだった。