「そうね。それにしてもお昼ご飯にって置いていったお金なのに…。」

「うん。ごめんなさい。杏さんのお金でお祝いするなんて変だよね。」

 フフッと笑うと「本当ね。」とつぶやく。
「でもお金足りたの?お昼ちゃんと食べれた?」

 ううん。の声に杏は、がばっと顔をあげ智哉を見る。

「杏さん。ハハッ。ほっぺにマスカラがついてる。」

 智哉は顔を拭いてあげると「よし。これで可愛くなった。」と笑顔になる。

「もう!そんなことはいいから。お昼食べなかったの?朝は?おにぎり食べた?」

 それが…と言葉を濁す智哉に杏は怒るように「もう!」と言うと智哉の腕を外し、キッチンへ向かう。

「早く帰ってきて良かったわ。
 ケーキは冷蔵庫にしまって、まずは晩ご飯にしましょう。
 ちょっと季節外れだけどお鍋にしようと思って今朝、準備だけはしていったの。」

 手際よく鍋を火にかける杏からは、涙を見せて腕の中に体を預ける可愛らしい姿は消えてしまった。

 もう少し可愛い杏さん見たかったなぁ。そう思いながらケーキを冷蔵庫にしまった。


 ほどなくして鍋ができあがってソファに並んで座った。

「お鍋なら食べやすいし、栄養もとれるから病み上がりにはちょうどいいのよ。ほら。食べて。」

 智哉の分をよそってあげるとニッコリして手渡した。

「ふぅふぅしてくれないんですか?」

 残念そうに受け取る智哉に「甘えないの。」と一蹴した。

 仕方なく自分でふぅふぅして口に入れる。ほかほかと湯気を立てている野菜がやわらかく煮えていた。

「おいしい。」

 一口食べたあとは、がっついて「熱っ」と言う智哉に安心して杏も食べ始めた。

「なんでおにぎりも食べなかったの?」

 あんなに好きみたいだったのに。

「だって…おいしくなかったんです。」

 賞味期限も確認したし、同じおにぎりなんだけどなぁ。
 と杏は不思議に思った。

「お昼も外にお買い物に行って、お腹空いたから、みんながおいしそうに食べてたハンバーガーを試しに買ってみたんです。でもおいしくなくて…。」

 まだ体調がよくないのかな…。それなのに外出しちゃって…。

「今はちゃんと食べられるの?」

「はい。とってもおいしいです。あの…おかわりしてもいいですか?」

 フフッ良かったと笑うと智哉から器を受け取る。

「あとで雑炊にしましょうね。前のおかゆみたいな感じだからきっと好きよ。」

 杏の言葉に目をキラキラさせる智哉を見てまたフフッと笑った。

「笑ってる杏さんはいつも以上に可愛いです。」

 恥ずかしげもなく言う智哉に杏は困惑して赤面する。

「そんなことよく恥ずかしくないわね。それにあのケーキも…。」

 杏の脳裏に「杏さん大好き」と書かれたチョコが浮かぶ。

「ダメですか?」

「ダメじゃないけど…。」

 大好きなんていつから言ったことないだろう。
 小学生?もっと小さい頃かも。

 無邪気な智哉にこの子には恥ずかしくて言えないなんてこととは無縁なんだろうなと思った。