杏は仕事に行っても家に残した智哉が気になっていた。
体調がもういいことは朝、髪に触れた時におでこにも触れたから分かっていた。

 だから大丈夫なはず。

 今まで、付き合っていた頃だってこんなことなかったのに…。
 まぁあの子は特別、手がかかるからな。

 フッと笑うと事務の美優と目があった。

「杏さんがそんな風に笑うの初めて見ました。何かいいことありました?彼氏さんと、とうとう結婚ですか?」

 美優は小さくて可愛らしい子だった。肩までのふわっとしたパーマがよく似合っている。

 悪気がないその質問も全く嫌味なく言えてしまうのは、きっと天性の才能なのだろう。

 私はそういうもの持ち合わせてないな。髪を巻いたところで可愛くはならないし。と冷静に分析して口を開く。

「いや。別に。彼とは別れたわ。」

 そういえば別れたんだった。そんなこと考えている暇がないほどに忙しかったからなぁ。

 また柔らかい顔をした杏に美優は納得できなさそうに質問する。

「じゃ何か他にいいことでもあったんですか~?」

 天使が今、家にいるって言ったら、頭がおかしくなったんだと思うだろうな。

 またフフッと笑う杏が珍しくて余計に気になるようだ。ますます詰め寄ってくる。

「なんですか~!杏さん!」

「あぁ。ごめん。…犬を…犬をね。ちょっと預かってるのよ。」

 苦し紛れにそう言った杏にがっかりした声をあげる。

「な~んだ。犬かぁ。ダメですよ。杏さん!間違っても本当に飼っちゃ!結婚できなくなっちゃうって言いますからね。私はすぐにでも結婚したいです。」

 そう力説して去っていく美優の背中を見送る。

 あぁやって「結婚相手を探してます。結婚したいです。」って可愛く言えちゃうのうらやましいなぁ。
 そんなことを思っていた。