中から、ゆり先生の声…?
しかも、誰かと話してる…….。


一体こんな時間まで誰と…

こっそりと中を窺うと、目に飛び込んで来たのは、


「っ、八神くん…?!」

慌てて壁に背をつけて、息を殺す。


な、なんで、?

なんで八神くんがまだ残ってるの?
それに、どうしてここに?

2人で…2人きりで、何してるの…….?

ぐるぐると疑問が駆け巡る頭を冷やすように、八神くんの声が、微かに、でも、強く響く。


「ゆり」

「!!」


ゆり、って、ゆり先生の名前……。

どうして。あたしは、八神くんに呼び捨てで呼ばれたことなんて、一度もない。


2人の時は、呼び捨てにするような関係なんだ?
普段は他人行儀に「皆川先生」なんて呼んでるくせに。


……やっぱり、言わなくてよかった。

八神くんにとってあたしは、本当にただのからかい甲斐のある暇つぶし相手。

……自意識過剰だった。
もしかしたら、って心の何処かでは思ってた。


でも。

「………、帰ろ」

鞄を抱え直して、足音を立てないように図書室から遠ざかる。


昇降口を出た時、ビュ、と強く風が吹いて、冷気が顔を冷やす。

だけど、頬と目だけは、熱くて。


悲しいのか、イラついているのか、わからないけど。


冷え切った手を握りしめて、目をきつく閉じて、立ち止まる。




…どうしてあたしは、あんな場面を見ても尚、彼を嫌いにはなれないんだろう……。