「なずな、って呼んでもいい?」


海晴くんの声が静かな音楽室で響く。


「うん」


ドキンと胸が鳴る。


「なずな…」

海晴くんの手が私の頬っぺたに近づいてきて、私はフリーズしたまま動けない。

私の頬っぺたに触れるか触れないかのところで、手をひっこめた。


海晴くんの手が行き場を失くしてポケットへ入って行った。

息をするのも忘れていて、今頃息苦しくなる。


しおりに目をやる。このしおり、どこかで見覚えがあるような。


しおりを拾い上げて、そっとポケットへ入れた。


「帰ろうか、なずな」


海晴くんの寂し気な顔に私はわざと明るく返事をした。


「うん」

海晴くん、この胸の高鳴りも寂し気な顔を見るたび感じる胸の痛みも。

どちらも、海晴くんがさせてるんだよ。

海晴くんにそんな顔をさせてるのは、一体何なの?