「そうだろ?」


「あ、いやっ…」


顔を近づけてくる彼に高鳴る私の胸。


そして、出逢ったばかりの人に心を見透かされている恐怖。


様々な感情が行き交ってぐちゃぐちゃになっていく。



「あの、あなたは一体…」


謎に包まれた彼の正体を知りたいと、やっとの思いで口から出てきた言葉。


彼は覗き込んだまま私の目を一瞬捉え、そしてゆっくりと背筋を伸ばして元の姿勢に戻した。



「…別に。ただのキャバクラのボーイだけど」


いつの間にか止んだ雨、空はまだどんよりしている。


彼はポケットからタバコとライターを取り出し、電柱に寄り掛かった。


口にタバコを咥え、吐き出す煙が空気と混ざっていく様子を私はじっと見つめる。


「キャバクラ…?あの、何歳ですか?名前は?



私の連続する質問が気に障ったのか、彼は眉間に皺を寄せ、タバコを指に移してまた舌打ちをした。


「…個人情報」


「あ、ごめんなさい」



私が嫌ならその場からいなくなればいいのに、どうして私の目の前で一服しているのだろう。


「つーか、人のこと聞く前にまず自分から名乗れよ」


真っ直ぐ私を見る彼の瞳に吸い込まれていきそうな不思議な感覚。


「あ、ごめんなさい。あの、私は西田ひかり、ハタチです。大学生です」


「ふーん」


彼は電柱から体を離し、そそくさと去って行ってしまった。


『は!?』と彼の行動に拍子抜けしたが、すぐに小走りで後を追う。



「あの!私名乗りましたけど!」


「別にお前が名乗ったら俺もそうするなんて言ってない」


「はい??」


歩く足を止めることなく、逆にそのスピードを更に上げていく。


小走りだと距離が開いていく一方で、遂に全力を出して走る形となった。