誰でもそう思うだろう。そもそも自分だったら、優しくしてくれた相手を裏切ろうとは思わないけれど。


「何でそう思う?」


「何でって、普通じゃないですか?」


「優しくした相手からは優しくされるのが当たり前だと思っている。つまり人の優しさは見返りを求めるためのひとつの手段に過ぎない。自分を評価して欲しいから優しくする、自分の存在価値を見出すためにな」


世の中には好意でそうする人もいるはず。しかし、松村さんがあまりにも無表情で淡々と言葉を並べるものだから、言いたくても言えなかった。


「お前はそういう世の中をどう思う?」


「どうって…多分、みんなそこまで考えて人と接していないと思います。私には生きづらい世の中かなーと」


「でも友達が欲しいんだろ?人と関わることはそういう世界に足を踏み入れるってことだ。どっちみちお前は辛くなるんじゃないか?」


ますます難しい問題になっていく。結局自分の悩みって何なんだろうと自分でわからなくなった。


「…だが、世の中にはお前みたいなやつも存在する。年を重ねれば、そういう奴の方が多くなってくると思う」


「私みたいな人?」


「群れるのを嫌い、我が道を行くタイプっつーの?」


私みたいな人なんて今まで出会ったことがない。だって、私の周りは同調することで絆が深まっていくような関係性で繋がっている人しかいないのだから。


「ま、大学でそういう奴を見つけるのは難だけどな。俺はそのままの生き方を貫くのがいいと思うよ。それが苦になるのなら、考え直せばいい」


先ほどの感情のない喋り方からは一転、温かみのある言葉を並べていく。


松村さんの綺麗な横顔が夕日に照らされ、何十倍も美しく見えた。


こんなに落ち着いて人と話したのはいつぶりだろうか。久しぶりの感覚に戸惑いながらも、ゆっくりと流れる時間に浸った。


「松村さんは、色々経験していそうですね」


「は?」

私の方に顔を向ける松村さんをじっと見ながら続ける。


「私より年上なのはわかってるんですけど、それだけじゃなくて、苦しい経験とかをたくさんしていそうな、そんな気がします」


そう言うと、私の瞳の奥の"何か"を見つめるように目を捉われ、苦しそうに顔を歪めた。


「…まぁ、俺も28だからな。お前みたいなお子様よりかは経験豊富だよ色々な」


顎をグイッと持ち上げられ、接近する松村さんの顔に赤面。こ、これって…!?

不思議と"嫌だ"という感情はなく、自然と目を閉じて受け入れる姿勢になっていた。


しかし、いつまで経っても唇に感触はなく、瞼を開いた。


「バッカじゃねーの。キスなんてするわけねーだろ」


「か、からかったんですか!?てか、私お子様じゃないですからちゃんと成人してますから!」


「俺からしたらお子様」


あ、そう言えば、さりげなく自分が28歳だって言っていた?28…大人だ。


確かに8歳下なんてだいぶ子供かもしれない。


成人したと言っても、1年前まで未成年だったのだから。