「な?! どういうことじゃ、どうしてこの国を出るなどと……」

 国を出るお許しをいただきに参りました――クラウスの言葉に、さすがの国王も絶句した。そしてもう一度、どういうことか、と問い直す。

「そちがいなくなれば、この国はどうなるのだ。騎士団は、それに幻魔は?」

 クラウスは力なく首を振った。

「騎士団は副長のギルにお任せ下さい。あれは少々女癖は悪いですが、できる男です」
「では、幻魔は? そちが毎晩退治してくれるからこそ、王女も安心して――」
「いいえ。それもご安心下さい。私がいなくなれば、幻魔も現れなくなるでしょうから……」
「どういうことじゃ?」

 国王は眉をひそめた。

「幻魔とそちの出国に、何か関係があるのか?」
「はい」

 クラウスは頭を垂れた。

「詳しくは申せませんが、どうやら幻魔は私に反応して出現するようなのです」
「というと?」
「これ以上は、どうか」

 クラウスは首を振った。しかし、そう言われて国王も諦めるわけにもいかないのだろう、どうしてか、と問い直す。クラウスは仕方なく、自らがたどり着いた答えを口にした。

「王女様の力はその思いに反応して発揮されるもの。つまり、亡きお妃様が国王様を喜ばせようと美しいものを生み出したように、王女様は……」
「おお、そういえば王女様は――」

 いままで口をつぐんでいたバッシュ大臣がぽんと手を打つ。

「何だ、どういうことじゃ、大臣?」
「国王様、これではクラウス殿が国を出ると申しますのも納得できること。なぜなら、王女様はクラウス様のことを――」
「大臣のおっしゃるとおりです。王女様は私のことを――」

 おお、まさか、国王が驚きの表情を作る。が、次の瞬間、二人は正反対の言葉を口にした。

「――愛していらっしゃるのです」
「――嫌っているのです」

 そう言ってから、大臣とクラウスは顔を見合わせる。先に口を開いたのは大臣だった。

「いやいや、何をおっしゃる。王女様は内気な方。クラウス様をお慕いしていても、はっきり口に出せるような方ではありません。そうこうしているうちに、クラウス殿は宮廷警護の任を解かれてしまった。けれど、どうしてもクラウス殿に会いたい。その一心が幻魔となって出現し、クラウス殿を呼んだのでしょう」
「そんなわけはありません」

 ロマンチストな一面を見せる大臣に驚きつつ、クラウスは否定した。

「王女様は私を嫌っておられるのです。ですから、私を殺してしまおうと、魑魅魍魎を呼び出し、それでも打ち勝つ私にドラゴンまで出現させたのでしょう。それは、先ほど私が王女様にお目にかかったとき、ドラゴンが現れたこととの辻褄も合います」

 ふうむ、正反対の二人の意見を聞き、国王は首をひねった。

「これはどちらの意見が正しいのか、判断しかねるのう。しかし、どちらにせよ、クラウス殿の進退であの幻魔の問題が解決できるのなら、それはいいことなのじゃが……」
「国王様。ここはクラウス殿と王女様の仲を認めるべきでしょう。例の王子の件は、もともと王女も乗り気ではなかったのですし」

 大臣が言う。

「いえ、お言葉ですが、大臣のご意見は間違っています。私は即刻、この国を出るべきなのです。何なら、ギロチンにでもかけていただければ、幻魔が国王様を悩ますこともなくなりましょう」

 クラウスも負けじと言う。

「いえ、クラウス殿とのご婚儀を!」
「いえいえ、私を牢に!」

 言い争いの決着はつかない。いや、つくはずがない。それこそ、本人にその気持ちを確かめでもしない限り――。

 と、そのとき大きく扉が開いて――思わずそちらに視線をやった三者は、そこに消え入りそうに佇んだ少女を見て驚いた。

「シャルロット王女……」

 それぞれの口から少女の名が漏れる。少女はそれを聞いて、ますます身体を小さくした。すると、その王女の後ろにギルの姿を認め、クラウスは顔をしかめた。なぜあいつがこんなところにいるんだ――?

「国王様、騎士団副長のギルバートと申します」

 しかめっ面のクラウスを尻目に、ギルは王女の後ろで礼儀正しく頭を下げた。

「この度は、シャルロット王女が国王様に申し上げたいことがあるとのことで――いえ、お二人ともそのままで」

 退場しかけた大臣とクラウスを止める。

「さ、どうぞ、王女」

 そして、そうささやくと、自分も一歩後ろに下がった。

「あの、申し上げたいことがございます」
「申してみよ」

 ヴェール越しにもわかるほど真っ赤になった娘の発言を、国王が許可する。すると、彼女は傍目にも分かるほどふるふると震えた。ちらり、きれいな瞳がクラウスを見る。それから、顔だけでなく、指の先まで真っ赤にした。

「わ、わたくし……」

 蚊の鳴くような声。頑張って下さい、ギルが小さく言う。そのささやきにうなずき、王女はぎゅっと目をつぶり、とうとう大きな声で言った。

「わたくし、クラウス様のことをお慕い申し上げて――」
「なんと」

 国王が目を丸くする。

「シャルロットよ、それは本当か?」
「は、はい」

 何かを堪えるように王女が答える。そして、もう一度、今度はクラウスの方を向いて叫んだ。

「クラウス様、わたくし、クラウス様のことが好き――」

 そのときだった。

「ギャオオオオオオオオンン!」

 燃えさかる炎を吐いて、いままで見たことがないほど巨大なドラゴンが広間の天井を突き破って現れた。

「いやああああ! どうしてこうなるの!」

 バラバラと崩れる天井を見上げ、王女が悲鳴を上げる。

「私はクラウス様のことが好きって言いたいだけなのに!」
「危ない!」

 顔を覆って泣き出す王女の上に石塊が落ちてくる。クラウスは間一髪で王女を助け、それから国王を振り向いた。

「国王様、ドラゴンは私が引き受けますので、王女様を連れて避難を――」
「国王様と大臣は俺に任せろ……ドラゴンもな」

 そのとき、クラウスの隣をギルが風のように駆け抜けた。そして、にやりと笑う。

「だから、お前は王女様とどっか――そうだな、誰にも迷惑がかからない野っ原でも行って、好きなだけドラゴンを出現させてこい」
「ドラゴンを出現って……」

 王女をかばったまま顔をしかめるクラウスに、まだわかってないのか、とでもいいたげにギルは舌打ちをする。

「恥ずかしくてどうしようもないって感情がドラゴンを呼ぶんだろ。だから、もうどんなことをしても恥ずかしくないってくらい、いちゃついてこいってこと」
「俺はお前じゃないぞ!」
「ほら、そんなこと言ってると、二匹目のドラゴンが出てくるぞ」

 剣を引き抜き、ギルが言う。クラウスはドラゴンと腕の中の王女を交互に見比べ――彼女を抱き上げると、扉に向かって駆け出した。

「頑張れよ!」

 後ろからギルの声が聞こえたが、クラウスはとにかく王女を抱えて走ることだけに集中した。そうでもしないと――例えばほんの少し、王女の顔を覗こうものなら、彼女はすぐにドラゴンを出現させるだろう、それを鈍感な彼も、ようやく理解したからであった。

【完】