城の他の者たちに目撃されることなく、何とかドラゴンを倒すと、クラウスは兵舎のベッドに倒れ込んだ。さすがの彼でも、ドラゴン相手に二連戦は厳しいものがある。

 騎士団長が下級兵士のベッドに倒れ込んだ、そんな一報を受けたのだろう、副長のギルがやってくる。クラウスとは同期で、性質は正反対なものの、気の置けない仲だ。

「おい、さっきのはあれだろう? 昼間も出るようになったのか?」

 死んだように動かないクラウスに、ギルが尋ねる。彼は王女の幻魔を知る、数少ない人間の一人だ。なぜなら、彼も国王の指名を受け、一度幻魔と戦ったことがあるのだ。

 そのときの戦いの様子は詳しくは聞いていないが、結局クラウスにその役割が回ってきたのだから、うまくはいかなかったのだろう。クラウスは口だけ動かしてギルに答えた。

「……昼間出たのは初めてだ」
「だよな、あれは王女の夢から出るんだろ?」
「わからん……けど、お妃様は昼間も自由自在に出せたらしいからな」
「ふうん。なら、王女もパワーアップしたってことか。……何か言ってなかったか?」
「誰が」

 半分意識を失いながら聞き返す。このあとには新人騎士の訓練や、隊の新編成会議など、予定が詰まっている。ここで眠ってしまうわけにはいかないが、ほんの少しでもいいから休みたい。

 だというのに、ギルは話を続けた。

「しっかりしろよ、王女がだよ、王女が。何か言ってなかったか? ってか、お前、ちゃんと彼女と話し合ってるか?」
「話し合うって、何を。俺は彼女の幻魔で手一杯で……」
「本当に馬鹿だな、お前は」

 倒れそうになりながらも任務をこなす人間に対してあまりにひどい言葉に薄目を開けると、ギルは心底呆れたような顔をして肩をすくめていた。また誰かにプレゼントされたのだろう、胸に見覚えのないロケットが下がっている。

「女性の扱い方を分かってない」
「……そりゃ、任務の間に五人の女性との約束をこなすお前とは違うよ」

 皮肉を込めたつもりだったが、眠気のため、どうも言葉に迫力が出ない。

「失礼な。今日の約束は八人だ。……そして、いまお前と話してやってるこの時間は、本来ならユリアといちゃいちゃする時間だった」
「そりゃ悪かったな、なら、さっさとその彼女のところに行けよ。俺は訓練に行く」
「その身体で、か? 無理するなよ。またシワが増えるぞ、苦労性」
「苦労性で悪かったな。お前が女性との問題を減らしてくれりゃ、少しはシワも減るんだがな」
「俺のことはほっとけよ」

 ギルは腰に手を当てると、大げさにため息をついた。

「ってか、いいか、はっきり言ってやる」
「お前に気を遣われたことなんぞ、一度もないが?」
「まあそうかもしれないが……って、何でもいいから聞けよ。王女の言葉にちゃんと耳を傾けろ。男女交際の基本だぞ」
「おい、不謹慎なことを言うなよ。王女はいま、エリンドの王子との縁談が進んでるんだぞ」
「そうだ、それもヒントだ」

 ギルは失礼にも指で人の顔を差す。

「王女は縁談で追い詰められてる。だってのに、お前が幻魔はお任せ下さい、だなんて、さらに追い詰めてどうするんだ?」
「待て待て」

 クラウスは眉間を揉んだ、

「どうしてそういうことになる? 幻魔退治は俺の仕事だ。国のため、王女のためのな。それが王女を追い詰めるだなんて、言っていいことと悪いことがあるぞ」
「仕事、ねえ……」

 ギルはあきれ果てたという顔をして、ため息をついた。

「だから、お前はダメなんだよ」
「だから何が――」
「じゃ、当ててやろうか。昼間だってのに幻魔が出た理由」
「ああ、当てられるもんなら、どうぞ」

 こうなったら、売り言葉に買い言葉だ。クラウスは鉛のように重い体を起こす。すると、ギルは彼を見下すようにして言った。

「幻魔が出たとき、お前と王女は一緒にいた。……どうだ?」
「どうしてわかる?」
「ほら、当たっただろ」

 眉間のしわをますます深めるクラウスに、ギルは得意げに言った。それからにやりと笑った。

「で、お前は彼女に何て言ったんだ? 幻魔を倒すのは仕事だから、とでも言ったのか? それとも――」
「いいや。少しめまいがして、その拍子に王女の手を握って……」
「ははあ、こりゃやっぱ決まりだな」

 何かを納得したようにギルがにやつく。何だ、クラウスが睨むと、彼はひらひらと手を振りながら去って行った。

「俺は王女のため、幻魔退治にわざわざお前を指名してやったんだぜ」

 と、謎の言葉を残しながら。