話は終わり、食事も落ち着いたところで、秘書に伝票を渡す。

先に出ようと窓の外を見ると雨が降り出していることに気が付く。
「やっぱり降り出したなあ。 傘持ってますか?」

新崎社長は、「僕は傘をささない主義なんでね。」とさっとウィンドブレーカーのフードをかぶる。
やっぱりカッコいい。

「降り出しそうだったから、松山が何本かビニール傘を持ってきているはずですよ。」
と二本、二人に渡す。

「す、すみません!」
代理店の彼は、恐縮したように受け取る。

新崎社長は、にやにやして「さすがだなあ。南さん。」



向こうのカウンターで派手に咳き込む女が一人。 
横の男がやさしく背中をさすっている。あの男は、確かうちの社員だな。えーっと、名前はなんだっけ?

「あああ??なにやってんだか。」 
新崎社長が呟いて、その男女二人に近づいていく。

「花、お前はなにやってるんだ。 おやじみたいに派手に咳き込んで恥ずかしいだろー。」
とこづく。
そのしぐさには、新崎社長の愛情がこもっているのがわかる。
かわいい部下なんだろう。

「いったあ。所長、こんなところでなにやってんですか?」

「やあ、金沢君。いつもうちの花がお世話になってます。デート?二人はつきあっちゃったりしてるの?」

「仕事中ですよ。デートなわけないじゃないですか。」

そんなやり取りを見ていると、デザイナーとうちの広告担当は、楽しく良い関係で仕事を進めてきたんだろうと予想が付く。
いいことだ。

「花、おまえはちゃんと納品したのか?」

「まるっと作り直しですよ。 今日も徹夜です。」

花? 俺は、カウンターの向こう側で花瓶に隠れた見えない女の方の顔を見る。

間違いない。

磯崎花。

だって、全然変わっていない。 

新崎社長が手招きをして俺を呼ぶ。

「紹介しよう。南さん。俺の片腕。まだできそこないだけど。」