通用口を出て、田中さんにヘルメットと通行証を返しながら、ちょっと愚痴を言う。

「田中さん、また直しだよ!直し!」

「あれ、そりゃ大変だねえ。」

「お宅のビルのボスは、いったいなんなんですか?! いっつもどんでん返しするのはボスみたいです!」

田中さんは、笑って
「ボスが言うんなら仕方ない。自分だって指摘されて、ちょっと納得しちゃったんじゃないのかい?」

「・・・・・・」

「やっぱり。」

「なんで、みんな揃ってボスのことは良いふうに言うんですかね? そんなにできた人なのかしら?」

「まあ、若いけど苦労されてきたみたいだしね。 ここにいる人間はみんな彼のことを好きだし、尊敬しているよ。」

「ふううん。田中さんも会った事あるの?」

「もちろん。彼は、こんな地下の警備員でもたまに気にかけて差し入れを持って様子を見に来てくれるよ。ここに座って、お茶飲んでいくし。大金持ちなのに気取らない。」

「へええ。」

「貫禄もあるし、いい男だ。女にも相当モテるらしい。」

私は、なんだかそんなスーパーヒーローみたいな人、現実味がなくて、物語の中にいる人みたいだなと思う。


「花さん!良かったー。まだここにいた。」
振り向くと、先ほどまで一緒に打ち合わせをしていた金沢君。

「あの!お詫びにランチおごります! これから行きませんか?」

「え、いいよ。一日で終わらすって言っちゃったし、時間ないもの。金沢君のせ・い・で。」
ちょっと意地悪を言いたくなってしまう。

「そんなこと言わないでくださいよー。あれは、不可抗力だったって花さんもわかってたじゃないか。」

田中さんは、そんな私と金沢君のやり取りをにやにやしながら見ている。

「花ちゃん、たんと豪華なランチでも奢られてあげれば?? 今日この後徹夜なんだからスタミナつけなくっちゃ。」

田中さんは、そう言って私たちを後押しして、通用口の扉を開けてくれた。