「吉沢、これありがとな」

 次の日、真柴くんは学校でにっこりとあたしにビニール包みを差し出した。そして、

「一ヶ月後、楽しみだな」

 と、小さな声で囁く。

「ちょっとちょっとちょっと、これはどういうこと?!」

 包みを抱えたまま、ぽうっと顔を赤くしたあたしに、衣奈が慌てて駆け寄ってくる。

「何これ?! 何もらったの? ねえ、開けてみてもいい?」

「ん……? ああ、いいよ……」

「じゃあ早速――って何これ」

「何って……ジャージとパーカーとサンダル」

「はあ? 何でそんなものが入ってるわけ?」

 衣奈が首をかしげる。

「しかもこれ、あんたのでしょ? どうして?」

「どうしてって……うふ、うふふふ……」

「何よ、気味悪いわね……ってか、あんたやっぱり真柴くんのこと――」

「ストップ! その先は言わないで!」

 あたしは真顔に戻って包みをカバンにしまった。衣奈が膨れるが仕方がない。これは誰にも言えない、二人だけの秘密なのだ。





『マジでそんなことができるのか……』

 昨日の夜。おまじないの「愛しの彼」だとか「あなたの想い」の部分はなぜか完全スルーで、真柴くんは興奮して言った。

『これはいままでの物理学や科学からは説明の付かない事象……つまり完全なる「呪術」だな。これは世紀の大発見だ。ムー大陸の時代がやってくるんだ』

『あの、真柴くん……?』

『吉沢』

 真柴くんがあたしの手を握る。その顔が上気しているのは、考えたくないけど、あたしの顔が赤い理由とは違うだろう。

 そして悲しくもそれを証明するように、真柴くんは続けた。

『俺も、試してみたい』

『え?』

 何を言い出すんだ、この人は。

『だから、俺もやってみたい。この呪術。これで、吉沢を俺の部屋に呼んでみたい』

『……うーんと……』

 後半部分だけなら、即オッケーを出す事案だが、残念なことに前半部分がくっついている。

『えーと、この呪術をやってみたい、と』

『うん』

『呪術で、今度はあたしを呼び出してみたい、と』

『呼び出すって言うか、召喚ね』

『……召喚してみたい、と』

『うん。ダメかな?』

 うわあ、目が少年みたいにキラキラしちゃってるよ。ってか、真柴くんは少年か。

 あたしはしぶしぶうなずいた。

『別に……いいけど』

『よし!』

『でも』

 あたしは今度は窓を振り向く。

 真っ暗な夜空には、想定外のまん丸お月様。

『このおまじな――呪術は、満月の夜じゃないとダメらしいけど……』

『とすると、一ヶ月後か』

 反応のいい答えが返ってくる。やっぱカッコイイ。

 でも、その割に真柴くんは抜けている。

 あたしは小さくため息をついた。

 だって、このおまじないは両想いのおまじない。あたしは――もうしょうがないからはっきり自覚するけど――真柴くんが好きだったからこのおまじないがうまくいった。

 けど、真柴くんは? 例え満月の夜を選んでも、真柴くんの心にあたしがいなければ、おまじないは成功しない。

 けど、どうやらオカルト好きの彼はそんなことには思いも寄らないようで、歯ブラシとコップを拾い上げると、颯爽と立ち上がった。

『じゃ、一ヶ月後、今度は俺が吉沢を呼ぶからな! おやすみ!』

 真柴くんはそう言って、ドアから出て行こうとして――あたしを振り向いた。そして、パジャマ姿の自分を見下ろす。

『……ごめん、吉沢。何か外に出られるような服、貸してくれる?』

 裾の短いあたしのジャージとパーカーに着替えた真柴くんをそっと玄関から見送りながら、この人は結構間抜けな人だ、あたしは彼の評価をほんの少し変えたのだった。