もうそろそろおなじみになってきた彼の家に到着すると、家主はいつものように飲み物をいれてくれようとしたけど、とてもそんなのは待てなかった。


ソファの上、いきなりぽろぽろ泣き始めたわたしに、彼がぎょっとする。

カウンターキッチンのむこうからすぐにやって来ると、そっと、ぎゅっと、抱きしめてくれた。


自分でもびっくりするほど、心の底から安心した。

彼のにおい。
シンプルなせっけんのにおい。


そうだ、この人が、わたしのたったひとりの大好きな人なんだ。


「なにか嫌なことがあった?」


体がくっついているから、振動に変わった声がダイレクトに響いてくるみたい。


彼は女の子が泣いていても、うろたえないし、鬱陶しがらないし、わざとらしいドラマチックな演出はしない人なんだ。

ただ傍に来て、時にそっと抱きしめて、優しい声で、どうしたのか聞いてくれる。


そのすべてがいまのわたしにとってとても価値のあることだった。


するすると、心がほどけていく。


「あのね……すごく、大切にしてる、弟みたいなコがいるの。いつも喧嘩ばっかりだし、ほんと全部がむかつくんだけど、それでも大切なの、弟みたいなの」


うん、と相槌をくれながら、ぽんぽんと背中をさすってくれる。