ああ、ほんとに、来てくれるんだ。
もう夜遅いのに。
あした、朝から仕事だって言っていたのに。
「運転するから一回電話切るよ」
ハイとぐずぐずの声で答えると、ちょっとだけ笑われた。
大丈夫だよ、すぐに行くよ、
と優しい言葉のあとで、わたしたちを繋げてくれていた電波がそっと途絶える。
泣きながらモコモコのカーディガンを羽織り、お団子にしていた髪を下ろした。
スマホと財布、それから彼とわたしの家、それぞれの鍵。
必要最低限のものを持ってエントランスに出ると、もうすぐ3月だというのに春になりきれない、冷たい風が頬を撫でていく。
今夜は寒さが、妙に目にしみる。
彼の車はそれから30分ほど経ってから姿を見せた。
外で待っていたこと、少しだけ叱られた。
「でも、だって、早く顔が見たくて」
本当のことを言うとね、複雑な気持ちだったよ。
見たいような、
見たくないような。
会いたいような、
会いたくないような。
でも、前者のほうが絶対に勝っていた。
その気持ちは雪夜のこととはぜんぜん関係ない、いつだってわたしが思っていることなんだ。
「うん、俺も。そろそろ顔が見たいと思ってた」
運転席から伸びてきた指先がそっと前髪を触る。
1週間も会っていないのはさすがにはじめてのことで、彼がそんなふうに言ってくれるなんて夢にも思わなかったから、ゲンキンにも嬉しくなってしまう。
やっぱり、わがままだけど、せっかく久しぶりなんだからお洒落して、顔も髪もばっちり整えて、お日様の下で会いたかったな。



