「そんなにおれが“そっち側”に行くのが気に入らねーの」


そっち側、の意味がよくわからなくて。

曖昧にうなずくと、雪夜は面倒くさそうに小さく舌打ちをした。


ほんと、すぐ怒る。
すごく嫌。


「これ、まだ内緒なんだけど。あのさ……グランプリとったら、副賞がわたしなの」


イミワカンネーという感じに、美しい顔がぐにゃりとゆがんだ。


「だからっ、上月杏鈴にほっぺにチュウされるのと、一日デートする権利が与えられるの、優勝者には!」

「……は、」


こうなれば、だったら願い下げだ、と言ってくれると思っていた。

雪夜なら間違いなくそう言うと思った。


でも、ぜんぜん、予想外。


「だったら尚更やめらんねーわ」

「はあ? 意味わかんな……」

「おまえも、好都合だろ。ぜんぜん面識もないような相手より、おれのほうがいろいろと誤魔化しもきくし。デートなんか『はい、しました』で済ませりゃいいし」


そんな簡単なことじゃないんだよ。

デートだって、プライベートなことじゃないんだよ。

雪夜がどう思っているかわからないけど、こっちはお仕事なんだよ。


「ほんと、やめて」


イライラする。


「ほっぺでも、雪夜とチュウなんて死んでも無理。いっしょにご飯食べるだけでもストレスなのに、一日ふたりで過ごすとかありえない。だいたい雪夜なんか顔しか取り柄がないくせにっ、――」



「――おまえ、マジで黙れよ」


どさり、と。


雪夜の肩にぶら下がっていたスクバがカーペットの上に落ちる。

なにかに体を押され、バランスが保てないまま、ふらりとソファに沈んでいく。