「あと、そんな場所にキスマつけるような男にも見えなかった」
そして、からかってそういうこと言う。
せめて含み笑いはやめてよ。
「でも……うん、すごく好印象だったし、いいんじゃない」
「っ、ほんとに!?」
「ていうかプライベートまで管理してらんないよ。恋愛くらい勝手にして」
なんという華麗な手のひら返し。
そっちが報告しろって言うから、伝えたのに。
「――ただ」
ぶうと口をとがらせていると、いきなり、ぴりっとした声色。
いけちゃんって、マネージャーとお姉ちゃんとの往来が激しくて、たまについていけないときがある。
「杏鈴がいちばん、自分の性格はわかってるよね。トコトン一途にのめりこめるのは杏鈴の長所だけど、怖いところでもあるんだからね。あんまり夢中になって、ほかのこと、おろそかにしないでよ」
「……はい。わかってます」
抱えているお仕事はたくさんある。
ぜんぶ、ありがたいことだと思っている。
だから、一日中彼の部屋でいっしょに過ごせないことにも、思うようにデートができないことにも、文句は言わないし、我慢はちゃんとする。
たぶん、いまのところ、できている。
「わかってるならいいんだけどね」
車のキーを片手に握ったいけちゃんが、ベロアのサボを引っかけながら、玄関先でふり向いた。



