そうだ、バレンタイン……
完全に、忘れていた。
こないだまでオムレツすらマトモに作ることのできなかったわたしに、バレンタインチョコなどという高度なもの、作れるわけがない!
「……杏鈴ちゃん? どうしたの」
「あの、季沙さん、厚かましいことはわかってるのですが、本当の本当に、一生のお願いがあります……」
「え? 一生の!? なんでしょうか!?」
様々な材料がくっついた黒い靴が、半歩だけあとずさった。
「もし、もしよろしければ、バレンタインチョコをいっしょに作ってもらえませんか……!」
しばしの沈黙が流れて、数秒後。
なーんだ、
と、コックコートのパティシエがほっとしたように胸を撫で下ろす。
「そんなことかあ。もちろん、ぜんぜんいいよ!」
天使、
いや、女神様だと本気で思った。
「いっ……いいのですか……! ありがとうございます!」
「うんうん、トシくん仕様の、甘さ控えめのやつにしようね」
杏鈴ちゃんといっしょにお菓子作るの楽しみにしてるね、と。
最後にそう言ってくれた季沙さんの背後から、もう、後光すら差して見える。



