くちびるが離れていったのを感じて目を開けると、数センチの場所に彼の顔があってびっくりした。
こつんとおでこが優しくぶつかる。
彼は、小さく笑いながらそっと顔を離した。
「あの……キス、はじめてです」
「うん、ガチガチだった」
「な! そ、そういう、そういうあなたはとても手慣れて……」
「手慣れてないよ。ほんと、俺のことなんだと思ってるんだよ」
立ち上がった彼がテーブルに転がっていたドライヤーを拾い、すぐ近くのコンセントにプラグをぐっと差しこむ。
「じゃあ聞きますけど! ぶっちゃけどのくらい経験あるんですかっ」
「そりゃ、杏鈴ちゃんより長く生きてきた6年分くらいはあるんじゃないかな」
「そんなのずるいー!」
またもくすくす笑いつつ、彼がソファに腰かける。
一段下にいるわたしを脚のあいだに挟みこむような体勢に緊張している間もなく、すぐに背後でドライヤーがブーンと鳴きはじめた。
熱風が降り注いでくるのと同時に、細くて長い指が髪のあいだを通っていく。
美容師さん以外の男の人に髪を乾かしてもらうのってはじめてだ。
6年分の経験があると、自然とこういうことができちゃうんだって、悔しくなった。
だって、ロングヘアの扱いにすごく慣れたような手つきだよ。
きっと髪の長い女の子とつきあったことがあるんだな。



