「てきとうに座ってて」


とてもシンプルな部屋だった。
あるのはソファとテーブルとテレビだけ。

無駄をいっさい省いたような部屋の片隅に、はじめて本物を見る楽器がすらりと気高く立っていて、わけもなくどぎまぎしてしまった。


「なにか飲む? お茶かコーヒーくらいしかないけど」


はっとして声のほうへ目をむけると、リビングと繋がっているカウンターキッチンのむこうで、彼はコートを着たまま電気ケトルのスイッチを入れていた。


「あ、えと、じゃあコ、コーヒーで!」


どんなに甘ったるくしてもコーヒーなんか飲めないくせに、ついつい大人ぶってしまう。

だって彼が棚からインスタントコーヒーを取り出すのが見えたから。


それともいっしょのものが飲みたいって、咄嗟に思ったのかな。


マグカップはふたつなのに、テーブルにはひとり分の砂糖とミルクしか用意されなかった。

そういえば彼は昼間もブラックコーヒーを飲んでいた気がする。


ためしにわたしもそのまま飲んでみた。

人間の飲み物じゃないと思った。ニガスギ!


「ミルクも砂糖も使っていいよ。足りなかったら出すから言って」


くすくす笑いながら立ち上がる。

そして長い指でソファに置いてあったモコモコのジャケットを拾い上げると、自分もやっとコートを脱いで、背後の引き戸をガラリと引いた。


「むこうに掛けとくよ。帰るとき忘れないように覚えといて」


どうやら隣接しているのはベッドルームで、そこにクローゼットがあるらしい。

ふり返ったらどーんと居座るベッドが視界に飛びこんできて、思わず慌てて目を逸らしてしまった。