彼の住処はとても閑静な郊外にあった。
地下駐車場からエレベーターを上がっていくと、一歩先を行く黒のレザーは504と書かれたドアの前で動きを止めた。
カード式のキーがホテルみたいで超おしゃれ!
なんて、感心している場合ではなく。
「入らない?」
いっこうにドアの向こうへ踏み出せず、カチンコチンなわたしに、ふり向いた彼はからかうように笑んだ。
「こ、ここがほんとにおうち……?」
「逆に誰の家だと思ってるの?」
いや、そうなんだけど。
そんなふうに軽快に笑う余裕が、こちらにはもうほんのわずかも残っていないの。
「それともやっぱり帰る?」
「かっ、帰りません!」
「ん、じゃあ寒いから早くおいで」
手を差し伸べられるのはきょうだけでもう何度目だろう。
指先をそっと重ねると、引っぱられているわけじゃないのに、導かれるみたいに足がトントンと前に出た。
彼の手によってドアが閉められる。
直後に鍵がかけられて、もう本当に後戻りできないんだって思った。
どれだけ優しい顔をしていても、相手は遊び人と悪名高い“バンドマン”。
しっかり覚悟を決めなくちゃ。
それに、ここへ連れてきてほしいと言ったのは、まぎれもなくわたしのほうなんだ。



