私は未だ心の準備が出来ていないのに、柿沢店長は社長室のドアを開けて深々と頭を下げた。


取り敢えず外見だけでも取り繕おうと思ったけど、咄嗟に出来たのは髪を項から前に撫でる癖だけだった。


緩く巻いた髪が、慌てて下げた頭の横で揺れている。


勿論、普段の生活では、何かのイベントが有る時ぐらいしか髪は巻かない。


二人並んで頭を下げてるのに、氷藤社長がそれを気にしている様子はなかった。


何だか、社長室全体の空気が底冷えしているように感じて、肌に寒さを覚える。


何も言われないまま数秒が過ぎ、氷藤社長の様子を伺おうと、チラリとデスクの方を盗み見た。


立ち上る煙草の煙が灰皿から天井に伸び、その奥で書類に目を通している氷藤社長が、確かにそこに居た。